リレーコラムについて

続・万年筆

渡辺悦男

きのうにつづいてまた万年筆の話です。

万年筆文字広告、とでもいったらいいだろうか。
万年筆で書いた手書き文字を使った広告がある。

この白眉ともいえるのが、1987年のサントリー・モルツの新聞広告だ。
ADは葛西薫さん、コピーは一倉宏さんの作。
新聞全頁の一字一句、すべてが万年筆の手書き文字。
のちにその文字は葛西さんが書いたものだと知った。
右上がりになってゆく、いかにも手書きといった感じのレイアウトは、
計算され尽くしていたのだ。
(この原稿の文字については、
『ほぼ日刊イトイ新聞』のアーカイブに入っている
葛西さんと糸井さんの対談『すてきなふだん字』のなかで語られています。
これは字についての対談ですが、すばらしい内容です。
ご一読を奨めます。)

毎年成人の日の朝刊に掲載されているサントリーの新聞広告。
この原稿の伊集院静さんの万年筆の字は、嫌味に思えるくらいハンサムだ。
細字の万年筆で書かれた端正な文字。
なんというか大人の佇まいをしている。
この作家は万年筆を愛用しているのだろう、と思う。

5年前の井上陽水さんのアルバムの新聞広告も、すべて万年筆の手書きだった。
「恋人様」という書き出しではじまる手紙で、
最後に「井上陽水」と書いてある。
ちょっとくせのある角ばった字で、でもこなれたいい字だ。
これは陽水さん本人が書いたものだと、
この広告のAD川口清勝君が教えてくれた。
なるほど陽水さんの歌のような字だなあ、と思う。

昨年マガジンハウスの雑誌に、
『彼女のいる背表紙』という書籍の広告が載っていた。
これは堀江敏幸さんの随筆集で、
さまざまな小説に登場する女性たちをモチーフに綴られたもの。
この広告の文字も万年筆で書いてある。
ちょっとナイーブな、すごく味のある文字。
おそらく堀江さん本人が書かれたものだと思う。

少し話が横道にそれるが。私は堀江敏幸さんの小説や随筆が好きだ。
どの本を読んでも、文章が静かで、美しい。
読むたびに日本語の良さを再認識させられる。
もしまだ読んでいない方がいたら、
とりあえず『雪沼とその周辺』(新潮文庫) を読まれることをお奨めする。
ひとつひとつの短編が相互に関連する、
どこか映画を観ているような、静かな物語である。

最後に自分が関わっている仕事の話になるが、
毎年後藤彰久君たちが作ってくれているパイロットの新聞広告は、
万年筆がモチーフになっていて、
手書きの文字が紙面を飾っている。
この広告で、若い人たちもこの古典的なペンの良さに気づいてくれたら嬉しい。

万年筆で書かれた文字にはどこかしら書いた人の個性が滲みでて、
たったひとことでも心情が伝わる。
肉筆は、肉声に近い。そう思う。

コピーライターのみなさんも、
たまにはキーボードを叩くのをひと休みして、
万年筆、いかがですか。

渡辺悦男の過去のコラム一覧

2893 2011.01.28 監督
2892 2011.01.27 鉄路の旅
2890 2011.01.26 続・万年筆
2889 2011.01.25 万年筆
2888 2011.01.24 駅伝
NO
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5186 2021.10.20 中川真仁 わたしの頭の中のシモダテツヤのコラム
5185 2021.10.18 中川真仁 まだ私たちは出会っていない。
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