リレーコラムについて

ミッドナイト・サンダー

髙澤峰之

その夜はひどい土砂降りだった。
しかも午前零時をはるかに過ぎているのに
ピカピカゴロゴロと遠雷が暴れていた。

仕事を終え、会社を出て、家に帰るためタクシーを拾う。
白い車体の個人タクシーが止まった。
「首都高に乗って、東名川崎インターまで」

初老の運転手は明るく返事をし、
晴海通りを大きくUターンして銀座方面へ向かう。

「いやあ、すごい天気ですねえ」と俺は、つい
いつものクセで、運転手に軽く話しかけた。
あくまで、時候のあいさつ。
これから数十分間いっしょの道中を過ごすのだから
どうぞよろしくね、といった気持ちを示す程度の
軽いコミュニケーションのつもりだった。
が、これがまずかった。

運転手は話に乗ってきた。
「いやあ、お客さん、これ、こんな夜中にこんな雷でしょ。
昔の雷はねえ、こんな時間には起きなかったんだよね」

明るく快活な口調。ただ、妙に馴れ馴れしい語り口。
向こうの方がかなりの年上だから、まあタメ口でもいいんだが。
…ちょっと嫌な予感が走った。

「これね、恐らくヒートアイランド現象が原因ですよ。
都会がコンクリのビルで熱をもちすぎてるから、
昔なら昼下がりに起きていた夕立や雷が、夜中にでも平気で
起きるようになってるの…」

運転手は、日本がとるべき環境保護対策についての持論を
熱く語り始める。
「日本はねえ、もっと政府が力をいれて
環境問題をしなくちゃだめだよ」
「電気も原発に頼ってるんじゃなくて、
風力とか太陽光とか使ってね」
「ディーゼル車もどんどん禁止にしてさ」
「こんな土砂降りの雨も、ちゃんと貯めておいて、
飲み水にとはいわないけど生活の水に使うようにしなくちゃ…」

雨水を貯めて水道代わりにするのが
環境問題の解決になるかどうか、
いささか疑問にも思えたが、この運ちゃんには
反論など受け付けてはもらえそうにない。
小心者の俺は、ひたすら調子をあわせて相槌を打っていた。

高樹町を越すあたりから雨足はさらに強くなり、
ワイパー最強でもよく前が見えづらくなってくる。
運ちゃんの話もいよいよ見えづらくなってくる。

「昔、こんな夜に、私、事故っちゃってね」
                 (いやな話するなぁ)
「そのときタクシーやめようと思ったんだけど、
 でも、結局、つづけちゃってるね」
                 (頼むから、今夜は事故らないでくれよ)
「もともと車の運転が好きでさ、16歳の頃から
無免許で、父親に内緒でクルマ買って乗ってたのよ」
                  (運転手さん、それ法律違反ですよ)
「その最初のクルマ、当時の金で300ドルくらいだったかな。
左ハンドルのクルマ。」
                  (え、16歳で無免許でいきなり外車?
                   おまけにドル?)
「いや、左ハンドルといっても、日産ブルーバード。
私、沖縄だったの。当時はあそこ全部左ハンドルで。」
                  (うわ、返還前の沖縄の話か。なんかすごい)

話はそこからさらに、
当時のオキナワの「オマワリ」は優しかったけど
「MP」はやばかったことや、
運ちゃんの出身地が本島ではなく、
イリオモテ島であることにまで及ぶ。

深夜仕事の連続で眠いんだあ! 
頼むから寝かせてくれえ!
と言うこともできぬまま、
俺は、ついに、家に着くまで運ちゃんの
話の相手をしてしまうことになる。

個人タクシーの、イリオモテ出身の、オーヤマさん。
どうぞ今夜も、安全運転をつづけてください。

-― ― ― ― ― ― ―
ああ、話が長くなっちゃった。
昨年いっしょにお仕事をしていただいたお友達の永友鎬載さんの
臨時代打として、今夜は、
私、高澤峰之が書かせていただきました。
最後まで(ここまで)読んでくれてありがとうございます。

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