リレーコラムについて

コピーは僕たちだ。

野原ひとし

どうもです。ADKの野原ひとしです。
いろんな人に助けられ今年ようやく新人賞がとれました。
皆様、その節はありがとうございました。

そういえばこの頃コピーライター二人以上のチームを組むことが多くなりました。
大きなキャンペーンを手がける場合はなおさらだ。
コピー年鑑でもコピーライター連名の受賞・入賞がふえてますよね。
お互い助け合っていいコピーを開発する。
みんなどんなやり方で作業を進めているのだろう?

ひとつは、コピーライターが順番にCDにコピーを発表するというやり方。
まあコピー競合ですね。
コピーライターたちはチームというより対戦相手であります。
その場の雰囲気によりますけど、
ただ一行のために、その攻防戦は熾烈を極めることもあり、
もうたいへんです。
何かいい雰囲気でいい結果が出せるやり方が他にあるといいのですが。

橋本忍著『複眼の映像ー私と黒澤明』によると、
黒澤明の映画は、そのほとんどが共同脚本。
たとえば名作「七人の侍」の脚本家は黒澤明、橋本忍、小国英雄で、
どういうやり方かというと、
黒澤氏、橋本氏がそれぞれまったく同じシーンを書く。
その間、小国氏は何も書かないで洋書を読んでいる。
二人が書き上げた2タイプの脚本を小国氏が見て、
「ダメだね」と言い、二人はまた書き直し始め、
小国氏は再び洋書に目をむける。
こうした繰り返しであの傑作脚本を生み出したそうです。

これをコピーライティングに置き換えると、
コピーライターAとコピーライターBがコピーを書く。
その間、コピーライターCは何も書かないでマンガを読んでいる。
二人が書き上げたコピー案をコピーライターが見て、
「う〜ん、違うなぁ」と言い、二人はまた書き直し始め、
コピーライターCは再びマンガに目をむける。

なんか、コピーライターAあたりが途中でキレて乱闘が起こりそうだが、
信頼のおける人が指令塔になり数人のコピーライターたちが知恵を出し合い、
やがて一本の完璧なコピーが生まれるとしたら、こんないいことはない。

僕は若いころ、「コピー、何々さんにも手伝ってもらうから。」とCDに言われた日には、
「僕ってそんなに信用ないのか。」と一晩眠れないほど悩んだものでした。
でも今は不得意な分野だとか、忙しくて手が回らない場合などには、
自分から他のコピーライターに協力を仰いでいるし、
コピーライター複数チームにも自然と参加できる。
僕の何が変わったんだろう?

ここらへんで「一人で書いても、みんなで書いても、いいコピーは、いいコピー。」
と書いてコラムを閉めるつもりだったが、なんか引っかかるものがある。
筆がおぼつかない。なんでだろう?

その理由がわかった。

「コピーは僕だ。」
1980年コピー年鑑の冒頭で秋山会長が唱えたあの言葉だ。

引用させていただくと
「企業の顔ではない。消費者の顔でもない。独立した第3の顔としてコピーは育った。
自分の発見を、自分の気持を、自分の感性を、自分の毎日を、自分の夢を、自分の言葉を、コピーにしよう。コピーライターの数だけコピーがある。コピーは僕だ。」

コピーライターになったばかりの時、この言葉にすごく感動した覚えがある。

コピーは僕だ。
コピーは僕たちか。

おっとイカン。
なんかコピー共作批判めいた展開になってきた。
そんなつもりは毛頭ないです。
いろんな事情もあるし、これは時代の要請かもしれないですから。
今後もコピーライターの共同作業は増えていくだろうし、
いろんなやりかたが試されるでしょう。
ただ、どんなやり方であれ「俺のコピーで決めてやる!」
という心意気だけは持っていたいなぁ、
とちょっと思ったりして。

てことで、この問題は放置。

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