リレーコラムについて

僕らの言葉がプロレスだったら

吉岡虎太郎

真夜中にひとりでウィスキーのグラスを傾けるとき、
村上春樹ならジャズを聴くのでしょうが、
僕はプロレスのビデオを観ます。
プロレスは、疲れた大人の癒しです。
猪木、シン、ファンクス、ブッチャー、怪人シーク…
彼らの往年のファイトを観ながら
酔いに身を預けていると心からリラックスできて
至福の時間がやって来ます。

ロラン・バルトによると、
プロレスが他の競技と決定的にちがうのは、
もとになるリアリティが存在しないことです。
本当のケンカにある制限を加えて競技化すると、
ボクシングや柔道になりますが、
絶対にプロレスにはなりません。
あんな大振りのパンチが当たる訳はありませんし、
ロープに振ったら返ってくるような事態には発展しません。
ちょっと言い方は古いですが、
プロレスは「浮遊するシニフィアン」なのです。

今月号のブレーンで真木準さんが遺憾を込めて、
「コピーはビジネスになりきってしまった」
とおっしゃっていました。
広告は商品を売ることが目的で、
その目的を合理的かつ速やかに達成するコピーが
よいとされる訳なのですが、
必ずしもそうとは言い切れないコピーに
感銘を受けた覚えのある僕などは
どうもその風潮に反発を感じてしまいます。

もし、僕らの言葉がプロレスだったら。
相手にダメージを与えようとしているのか、
それとも感情を舞踏的に表現しているのか、
目的が曖昧なテリー・ファンクのパンチのようなコピーとは?
そんな自問をくりかえしつつ。

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