リレーコラムについて

標題

田中泰延

このコラムを見ていたら
読者に(そんなものがいるのかいないのかわからないのだが)
メールを出すように強要し、
届いた内容をまたコラムに載せるという、
手抜きというか、賢いというか、
ありていに言えば卑怯な手段で書いているものが
時おり見受けられる。

このような楽な、いや卑劣な手法を駆使していたのは
だれとは特に言わないが直川隆久や林尚史である。

しかし、メールアドレスをこのような公開の場に掲載した場合、
「ぜひあなたに年間100億円のキャンペーンを任せたい」という依頼や、
「きょう、あなたに100万円振り込みました」という確認や
「いますぐ、抱いてください」という懇願が殺到するわけはなく
やってくるのは間違いなくスパムと呼ばれるたぐいの迷惑メールである。

たいていはいやらしいサイトに誘導するものであったり、
「出会い系」の広告だったりする。
同じようなメールに悩まされている方も多いことだろうが、
それらの標題はじつに巧妙に
「相手にメールを開かせるか」に力が注がれている。

「Re:    」   
「明美です。」

この程度ならただちにインチキな迷惑メールだと断定できる。
こちらから標題のないメールを送ることはビジネス上ありえないので
「Re:   」といわれてもウソだとすぐわかる。
またわたしの知っている明美はメールなど使えそうにない定食屋の63才だ。

「おつかれ!」   
「風邪引いちゃって…」

これはやや難易度が高い。
つい、開きそうになってしまう。
人間の親和性というか、同情心に巧みにつけこむタイトルである。
だが、残念ながら、わたしの疲れをねぎらう人間や、
わたしに体調の不良について断りを入れる人間などいないという事実を
相手が知らないだけだ。まことに惜しい。

「オレ流の見解です。」

一瞬、自分が中日ドラゴンズのオーナーだったかどうかを
思い出しさえすれば、これを開くことはない。

だがこうなるとどうか。

「ポテトサラダに決定☆」

限りなく危険だ。
わたしの好物まで知り抜いている。
ここまでくるともはやマウスはクリック一歩手前である。

そしてついにそのメールはやってきた。

「どうしようもないですね。」

ああ、そうだ。そうだとも。
言われなくともわかっている。きのうも家で言われましたわ。
しかしそこまで本当のことを言われると
少しでも今後まっとうに生きたいと願うわたしは
つい開いてしまう。

はたしてそれはやはり、「出会い系」なのであった。

なんとしてでも注目させる。
たとえ不用意にでも相手にアクションを起こさせる。
これこそコピーの原点なのではないか。

むかし、自動車ディーラーに車を買いに行ったとき、
同じ車種なのにグレードの違いで大きく価格が違っていたことがあった。

「このGT、というのとGT-R、というのでは
 見た目はほとんど同じなのに倍も価格が違うのはどうしてですか?」

とわたしが尋ねるとディーラーのセールスマンはすばやく言い放った。

「GT-Rのほうが女にもてる」

わたしは予定していた倍額のローンを組んだ。

これがコピーの力だ。
わたしはこの職業に就いたことを誇りに思う。

いま、もっともコピーへの情熱を感じるジャンルこそ、
スパムメール業界だ。
しかし、毎日毎日受け取る側にすればスレてしまって
多少の標題では開かなくなってしまっているのが現実だ。

この閉塞状況を打ち破り、
これはお前でも思わず開いてしまうだろう、
という標題を考えついた方は、
tanaka.hiro@dentsu.co.jp
までメールをください。

いやなに、
自分がスパムメールを送る業者に転職したとき、
寄せられた標題を使うのである。

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