リレーコラムについて

僕や君や彼等のため書かされています

田中泰延

1986年、僕はパンクバンドをやっていた。

今考えると、ギターのコードはぜんぜん押さえられないし、
なんとなく人前でなにか主張してみたい、そんな気分だけが
先行した、若者によくある行動だった。

僕は17歳だった。
そして現在より地球の引力に対して30kg質量が小さかった。

クジ引きでパートを決めた。
ボーカルになった。
外れクジを引いた者は、もちろんベースである。

バンドの名前を決める権利もクジ引きした。また僕が勝った。
「田中泰延&ジ・アザーズ」などという、とんでもない名前にしたが
誰も文句を言わなかった。

でたらめな詩を書いて、でたらめなスリーコードをつけた。
2台のギターにはディストーションをかけることしか考えていなかった。

毎日でたらめな曲を練習して、
1年後にはライブハウスで演奏するようになった。

そのときだった。

彼らに出会ったのは。

1987年、12月30日。僕はテレビを見ていた。
「夜のヒットスタジオ」。

芳村真理が彼にピントのずれた質問をした。

「インディーズの世界では、なんか、すごいんですって?」

「インド人のことは、ようわからんけん」

頭をバットで殴られたような衝撃が走った。

そして少年のような声が聞こえてきた。

ドブネズミみたいに美しくなりたい

翌日、僕はバンドを解散した。

あれを見たら、自分たちがやる意味がないと思ったからだ。

一年後、僕は東京にいた。
僕はトラックの運転手になっていた。

毎朝、トラックに荷物を積んで夕方までに配送し、
そのまま夜間大学に通った。

土日も働いた。
本多芸能という会社があり、コンサートの警備を仕事にしていた。

僕は彼らに会うためにその会社に登録した。
彼らのライブにいくお金がなかったのだ。

その日はやってきた。
「パイナップルの逆襲 ツアー1988」
埼玉県民会館、みたいな名前の場所だったと思う。

僕は人から借りた礼服にキオスクで買ったネクタイを締めて
本多芸能の集合場所で警備の割り振りを待った。

最前列だった。

「そこ、大変だから、きばってやってくれ」

「チーフ 本多」と名札のついた人から声をかけられた。
その人は、本多芸能の社長の息子だと聞かされていた。

人殺し 銀行強盗 チンピラ共
手を合わせる 刑務所の中

ライブが始まった。

はじめて生の彼らに会う、
だが警備の僕は、客席の方を向く。

僕のうしろ、たったの5メートル。
背中から彼の声が聞こえる。

彼の歌声は、轟轟と燃えていた。

熱狂した人たちがステージに押し寄せる。
僕は鉄柵を必死で握った。

何度も
「こんなに彼に会いたがっているみんなを、あっちへ、
彼のそばへ、行かせてあげたい」
と考えてしまう。

一度も彼らの姿を見ることなく、
背中で声を聴き続け、
最後の一曲となった。

「もう最後じゃけ。わしらこの三分間に全部を込めるけえ、
みんなも全部を込めて聴いてくれんか」

県民会館が揺れた。
比喩ではなくて、満員の人間が一斉に飛ぶと、
本当に床が揺れるのだとそのとき知った。

もしも僕がいつか君と出会い話し合うなら
そんなときはどうか愛の意味を知ってください

彼の汗が飛び、
僕の耳にかかった。

その瞬間、僕は鉄柵を放した。

観衆がステージに駆けあがる。
もう何が起こってもかまうものか。
僕も一緒になって彼のほうを向いた。

僕は、借り物の礼服にキオスクのネクタイを締めたまま
飛んでいた。

リンダリンダ リンダリンダリンダ

リンダリンダダダ リンダリンダダダ

リンダリンダリンダ

リンダリンダダダ リンダリンダダダ

リンダリンダリンダ

ライブは終わった。

太いボルトで留めてあるはずの
県民会館の椅子がいくつも外れていた。

本多チーフがやってきた。
僕は、叱責と解雇を覚悟した。

僕は仕事を放棄した。
最前列の警備員が最もしてはいけないこと、
観客をステージになだれ込ませるという失態をおかしたのだ。
しかも、故意に。

だが、本多チーフは、
僕の背中を叩きながら言った。

「お前、一緒になって歌ってたじゃないかよう」

そう言う本多さんの目は苦笑いしていて、
そして今日のライブに立ち会ったすべての者と同じように、
潤んでいた。

その日、轟轟と燃えるなにかが僕の身体の中に灯った。

それから、20年以上の月日が流れた。

2009年1月、
本多芸能の倒産が伝えられた。

おそらくあのあと、社長になっただろう、本多さんは
あの時の、泣きながら微笑んだ瞳のままの人だったから
会社経営なんてできなかったんじゃないか 、
僕は新聞を読みながら、そう思った。

そして僕も、
あの夜見たステージの上の彼のように
轟轟と燃えて生きるには程遠い人生を送っている。

彼のように燃えて生きる人間になるには
千年でも足りないかもしれない。

でも、あの日受け取った炎、
それは今も消えない、決して負けない強い力だ。

きっと僕の道を照らしてくれるだろう、そう思う。

さて、とうとう映画評論の話はできないまま
一週間が終わってしまいました。

来週はわたしのデスクのまん前にデスクがある、
でも会社では月に一回ぐらいしか見かけない、
そんな高木大輔さんにお願いしようと思います。

まぁ、忙しいと思うんでぼちぼち書いてください。

でも書かないと、わたしが名前を騙って
あることないこと書きますよ。

NO
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