リレーコラムについて

ニューギニアロケ・チン道中日誌3

松木圭三

おはようございます。
今日も快晴の大阪から。
昨日のつづきです。

ニューギニアロケ・チン道中日誌3

2004年正月・ロケハン(カメラマンの回顧)

1年中海外を飛び回るカメラマンは正月くらい日本で家族サービスをしようと考えていた。しかし気になることがひとつあった。年も押迫った頃、飲み屋でプロデューサーからある企画を聞かされていた。ニューギニアで少数民族を撮るというものだった。「やっぱひ秘境といえばお願いすることににゃると思ひましゅよ」おでんのタマゴをまるごと口の中に放り込んでムニャムニャいいながらプロデューサーは酔っぱらってそう言った。このプロデューサーは秘境となったら依頼してくるのだ。かくて正月の真只中、気になることがホントになった。家族の罵声を浴びながらロケハンに旅立つことになったのだ。そして集合場所で撮影クルーの顔を見渡すと以前グリーンランドのこれまた秘境の中の秘境をロケした面々だった。可哀想に今回もプロデューサーに拉致されてきたに違いない。とはいえ、息のあった最高のクルーたちと一路ニューギニアへ。と思いきや、そういうわけにはいかなかった。われわれが今回ロケハンする場所はニューギニア島でもインドネシア領土で(ニューギニア島はパプアニューギニアとインドネシアの2カ国が分け合っている)、バリ島を経由した後、そこからさらにニューギニアの2つの町を経由して乗り継いで、最終の目的地ワメナという町に辿り着くことになるのだという。しかもそれぞれの飛行機が毎日フライトしていないことからアクセスが最悪で、実際の飛行時間が約14時間、ウエイティングを入れるとほぼまる1日を費やしていた。ワメナの空港に降り立った時は疲労困ばいの極致で文字どおり辿り着いたという印象だった。空港では現地のコーディネーターが出迎えてくれおり、「さてと、ちょっと休憩すっかな」と思っていたら、プロデューサーの号令で休む間もなくさっそく少数民族の村へ。ここからがまたタイヘンだった(気がする)。4WD車で陸路を突っ走り、密林の中を蛇行する川をカヌーで遡り(気がする)、その後、ゾウと馬とラクダとロバを乗り継ぎ(気がする)、最後は自らを頼りにする以外移動手段がないという人跡未踏の地を這いつくばり(気がする)、これまた文字どおり辿り着いた(気がする)。初めて見る村の印象は直感的に、とにもかくにも、エライ所にきてしまったなあという感じだった。それは日本からの距離の遠さというよりも時間の遠さを感じたからだった。実際この村は日本とほぼ同じ経度にあることから時差はまったくない。時間という概念を人類が認識してから日本と同じ時の歩みの中で毎日が同時に進行している。ところが、時代は太古なのだ。原始のニオイがするのだ。と思っていた次の瞬間、コテカの男たちがわれわれの目の前に次々と現れた。彼らに手を引っぱられ集落の中に案内された。相手が男であることから突然手を握られてビックリしたがヘンな感じがしない。人間と人間という極めて純粋なホスピタリティーを感じたのだ。その日はシゴトの話は一切せず村の中の広場で目とココロで日がな一日彼らと会話した。そして夜になって昼間不在だった長老が我々の宿泊地にわざわざ出向いてくれた。CMの企画を説明した。現地コーディネーターの通訳がまどろっこしかった。思いのたけをダイレクトにぶつけたかった。少しして長老は我々が日本から持ってきた資料の写真を食い入るように見つめて顔をほころばせた。「これは若い頃の私だ。後ろに映っているのもみんな私の友だちだ。撮影おもしろそうじゃないか」長老は言った。この資料の部族にこだわっていたディレクターは本人に会えたことで「信じられない」と吠えた。彼らを撮りたい。カメラマンは久しぶりにそう思った。(つづく)

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