リレーコラムについて

スタンドイン

曽原剛

「あの時のCM、こんな風になったんだ」

 

とても「人流」を抑えているとは思えない、混雑した山手線の車内モニターに

流れている動画広告を見上げて、スミレは思った。

「左回りで振り向いたほうがやりやすいです」というスミレの意見通り、

実際に出来上がったCMでも、人気女優Mは左回りでカメラに振り返っていた。

モデル・俳優事務所に属している彼女は、スタンドインという仕事を

最近やることが多い。一方、役のある俳優やモデルのオーディションには、

残念ながら、絶賛8連敗中だ。

 

スタンドインの仕事とは、映画やドラマ、CMなどの撮影時に

ライティングやカメラアングル、演者の立ち位置などを確認するため、

本当の俳優ではなく背格好の近い代役を立てて行うことだ。

この準備に多くの時間がかかることは、一般にはあまり知られていない。

俳優本人のスケジュールを長時間確保ができなかったり、

本人たちに行わせるのは負担が多く、本番の演技に影響が出てしまうことから、

有名人を起用する撮影には、たいていスタンドインが用意されている。

 

拘束時間は、早朝から深夜まで。しかも待ち時間がとても長い。

多くの時間をスタジオの片隅に用意されたパイプ椅子で過ごす。

複数のスタンドインがいる現場だと、その仲間たちと話をしながら

時間をやり過ごすこともできるが、先日の撮影の時のように、

スミレひとりだけだと大変だ。

 

「スタンドインの方、お願いしまーす」

 

トイレに行こうかなと思うと、いつも出番の声がかかる。

これ絶対、なんとかの法則ってやつだ。

それとこの時のスタッフの人は、名前で呼ばずに

「スタンドインさん」って言うパターンだった。

 

セットで作られた階段に座るシーンのライティング確認のために

いくつかのポーズを決めた後、スミレはまた定位置のパイプ椅子に戻った。

そういえば、先月の現場で一緒だったタカシくんは、元気かな。

 

待ち時間の間に(繰り返しになるが、待ち時間はたっぷりある)、

有名バンドを起用したCM撮影で、そのメンバーたちのスタンドインを

一緒に演じたタカシのことを思い出していた。

私がボーカル担当で、彼はギター担当だった。

 

歳は2つ下だが、同じ厚木市出身だったことでいつもよりも話が弾んだ。

スタンドインのバイトをしながら彼もバンドをしていて、

いつか逆の立場になってやるんだなんて話していた。

彼のおかげか、その時の現場はいつもより楽しめた。

そういう時は、長い拘束時間もいつもより早く過ぎていく。

 

記憶の記憶を思い浮かべながら、スミレは御茶ノ水駅で電車から降りた。

改札でカバンからスイカを出しながらケータイをチェックすると、

LINEにメッセージが届いているのに気がついた。

タカシくんからだ。

こういう偶然も、きっとなんとかの法則だと思う。

 

「スミレさん、一緒にバンドやらない?」

 

「話してたボーカルに捨てられたの?」

 

「ハハハ。否定はしない。けど、スミレさん、いい声だなと思ったんだよね」

 

「なにそれ。私が入ったら、バンド名はスタンドインに変更?笑」

 

「それもアリかも。でもだったら、The Standingかな。

僕たち、ずっと立って待ってきたじゃない?でも俺たちはここにいる、みたいな」

 

*****

 

コロナ禍で私たちの撮影にも、リモートワークが導入されました。

ここロサンゼルスの深夜に日本での撮影にスクリーン越しに参加することも

何度かありました。カメラが回っていない間も、リモート参加用のスクリーン上では、

現場で次のシーンを準備するスタッフたちが忙しくしているのを覗き見感覚で見てたわけです。

そしてその画面の片隅に映っているスタンドインの方々を見ながら、

こんなストーリーを思い浮かべていたりしました。

 

今までのように撮影現場に実際にいたならば、次のカットを監督と相談したり、

クライアントと確認したりと、他のことで忙しく、

あまり注意を払わなかったであろう光景でした。

 

というわけで、私のコラムは今回で終了です。

ありがとうございました。

 

来週からは、最近Poolから独立したばかりの小林麻衣子さんのコラムが

始まります。ご期待ください!

 

それでは、良い週末を。

曽原剛の過去のコラム一覧

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