リレーコラムについて

赤ちゃん以来の歩く練習だ。

正樂地咲

2025年7月17日。
怪我を負ってから約3週間。
この日から歩く練習が始まった。

リハビリの先生に車椅子を押してもらいリハビリ室へ。
体育館のような場所にさまざまな器具が並ぶ。
さまざまなひとがいる。

左脚を負傷した私の歩く練習とは、
2本のバーの間に立って、右脚と両手でバーをつたいながらケンケンで進むこと。
左脚は膝から下が包帯で巻かれ、足首は90度に固定されている。
「絶対に左脚を床につけないで。」と先生が言う。

車椅子の脚を置くところ・フットレストをたたむ。
左脚を浮かせ、バーを掴み、右脚で立ち上がる。
これまで無意識下でできていた動作も、
ひとつずつ分解し、理解しながら慎重に。

立ち上がって思う。そうそうこの高さだ。
身長150cmマイナスおでこの長さの視点で遠くを見るのも3週間ぶり。

だがしかし、右脚よ。こうも前に進んでくれないものか。
たしかその日は、バーを1往復ほどして終了となった。
脚をたった1歩進めるたび、骨折している肋骨、骨盤、左脚の骨たちが、
体の中で全部バラバラになるようなイメージにひるんでしまう。

散歩が趣味の私。1日1万歩くらいは健やかに歩けていた。
今は1歩1歩がこわい、重い。日常に戻るのは果てしない道のりだ。

日常。
そうか、私は日常に戻ろうとしているのか。
どこまで治せるか、いつまでかかるかは分からないが、
毎日コツコツ治す。たくさんのひとが一緒に治してくれる。

目が覚めてからリハビリが始まるまでの数日間、
「助かった命、何か世の役に立てなければ。」など漠とした想いを
馳せていたが、あれは現実逃避だった。
今の私がするべきことはひとつだけ。

歩こう。

赤ちゃん以来の歩く練習だ。
ここからひと夏、歩くためだけの日々だった。

7月29日。
運ばれてきた救急病院からリハビリのための病院へ転院。
移動は車椅子のまま乗ることができる福祉車両。
車へ乗り込むその瞬間、1ヶ月ぶりに外の空気に触れた。
これが毎日病室のテレビのニュースで見ている「酷暑」だ。
セミの鳴き声も聞いた。

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