リレーコラムについて

看護婦さんは指名できない 続1985

名雪祐平

ドラマ“金曜日の妻たちへ”の主題歌、
『恋におちて』のメロディで、
俺は心境を口ずさむ。
“もしも願いが かなうなら お尻の 赤いバラを摘んで〜”
くだらない。
自嘲気味に、「国鉄」阿佐ヶ谷駅を出て、
病院に向かって歩く。
この通りは、来週退院するときには、
きっと、素晴らしい光にあふれているだろう。
俺はまだ、20代のド真ん中なんだ。
痔を取って、俺の世界は変わるんだ。
きっと、そうなんだ。

相部屋の同志は、オオタさん。ハム工場勤務。
「ベルトコンベアーがあって、
ずんずんと肉のブロックが流れてきてさ、
その肉を、こん棒で叩き続けるんだよ」
そんな仕事あるんか?
冷蔵工場での作業で、痔は職業病らしい。

手術前の二人の心配事があった。
剃毛。テ、イ、モ、ウ
はたして、急所の陣地は、どれくらい伐採されるのか?
森林を大切にしましょう。強く願う。
そして、どの看護婦さんにやられるのか?
「指名できたらな」
オオタさんが、ナメたことを言う。
夜のお店じゃないんだよ。

一日先に、オオタさんの手術の日を迎えた。
病室に来たのは、30歳くらいの看護婦さん。
銀のトレイを抱えている。
あの中に、カミソリとかクリームとか、
伐採用具があるんだろう。
ベッドわきのカーテンが閉じられる。
二人が消える。
が、カーテンは音を消せない。
「じゃ、下のほう、脱いでもらえます? 」
さすがに俺もそこにいられなくなる。
逃げるような気分で外に出た。

喫煙コーナーで二本ふかし、病室に戻る。
「どうでした? 」
「5分もかかんないよ」
「それで? 」
「仰向けになって、膝をまげて、
で、袋の裏側をやられた。それから、
四つん這いになってって言われて、尻のほう」
「そうなんだ」
「見る? 」
「やだよ」
「ま、どうってことないよ、大丈夫。
むこうも仕事だし、慣れてるみたいだしな」
オオタさんのポーカーフェイスが
逆にひっかかるけど、
それなら俺も、同じ看護婦さんがいい。
ちょっと美人だし、どうせやられるんなら、ね。
指名しておく。心の中で。

つぎの朝が来た。俺の世界が変わる日。
「ナユキさーん」
ラッキー、指名通り。
あれ? もう一人いる。
若い女のコ。若すぎる。
胸のネームバッヂには、読みたくない三文字が。
“実習生”
おいおい。いいんだけど、さ。
頼むから、そんなに足をガクガクさせないで。
緊張してるのは、こっちのほうです !
で、でも、見学なんでしょ、
それだってヤだけど、剃るのは看護婦さんでしょ、
そうだよね、カミソリ持つのは……実習生だった。

下半身をゆだねて、俺は目をつむる。
震えるカミソリは、見たくない。
消せないのは、二人の声。
「そこはね、指でこうやって、そう、伸ばして」
「あ、はい…」
いま触れたのは、
実習生の指なのか、看護婦さんの指なのか。
シーツをつかむのは、俺の指。
「んーダメダメダメ、角度はこうよ、こう」
「はい、……アッ……アッ」
いい加減にしてくれ ! とは言えなかった。
ただただ、じっと耐えていた。
それにしても、はじまってから
とっくに、10分は過ぎてるはず。
こういう状態、なんて言えばいいんだ。
物流課のエミなら、こう吐き捨てるだろう。
最低。

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