リレーコラムについて

グラスの中の泡ダンス

田村功

僕は今、ベルギービールに関する本を書いている。発売予定は
今年9月17日。版元は、光文社である。原稿締めきりが7月い
っぱい。もう1カ月半もないのに、実はまだ半分も原稿が上が
っていない。あせるな〜ァ。
ベルギービールには銘柄ごとに専用のロゴ入りグラスが用意さ
れている。このことを本の中で紹介するために、その専用グラ
スをいくつか買ってきてビールを入れて飲んでみた。そのこと
を、今日は書いてみたい。
‘Duvel’(デュヴェル)とい名前のビールがある。これのグ
ラスは飛び抜けて大形で、ずんぐりとふくらんだ風船のような
胴の下に短い脚がついている。上部は茶壷のようにくびれ、飲
み口の部分はちょっと外側に開いた感じ。ちょうどチューリッ
プの花の先端が外側に開いたカタチによく似ているので、フレ
アード・チューリップと呼ばれている。
‘Duvel’は泡立ちが非常に豊かなビールだ。だから、普通の
形状のグラスに注ぐと、一本全部を注ぎ入れないうちに泡がグ
ラスから溢れ出て、テーブルをビショビショにしてしまう。と
ころがこのグラスに注ぐと、上部のくびれた部分で泡が押さえ
つけられ固くなる。固くなった泡はグラスの縁を越えてカリフ
ラワーのように高く盛り上がる。だから、誰が注いでもビール
1本がまるまるグラスの中に入ってしまう。
‘Duvel’は日本のスーパードライや一番搾りと違い、上品な
芳香を持つビールである。その香りはフルーティーで、しばし
ば洋梨に例えられる。しかし、香りのパワーはそれほど強くな
い。にもかかわらず、このグラスで飲むと果実酒のように洋梨
の香りが立ち昇る。グラスに仕掛けがあるからだ。上部のくび
れは泡を固くするだけでなく、香りが立ち昇るスピードを加速
する役目も果たしている。その結果、香りは周囲に拡散するこ
となく、鼻の穴に束になって流れ込むわけだ。
さらに、このグラスの底を内側から覗くと、小さな引っ掻き傷
が見える。グラスにビールが満たされると、この傷から宝石の
ように輝く小粒の泡が、ビーズのように連なって次々と立ち昇
る。グラスを持つ手が揺れると、ビーズは右や左にくねりなが
ら昇って行く。飲んでグラスを空にしてしまうと、当たり前の
ことだがもうビーズを見ることができない。グラスの中で演じ
られる幻想的な泡のダンス。いつまでも眺めていたくて、僕は
なかなかビールを口にすることができないでいる。
ああ、こんなことをしていると時間ばかりが過ぎて、本当に締
めきりに間に合わなくなってしまうなァ。
では、また明日。

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