リレーコラムについて

変な社長シリーズ4「蒸発社長」

柏木克己

●その社長はプロダクションを経営してました。自身は腕のいいデザイナーでもあります。
●よく蒸発しました。
●月末に、請求が重なって、資金繰りがうまくいかないときなどは、かなりの確率で蒸発してました。
●残されたスタッフは大変でした。催促の電話がじゃんじゃんかかってくるのですが、適当にいいわけをしなければならないのです。「入金がまだなんですが」。「経理部門のものが席を外しておりますので、折り返し連絡します」。これを繰り返していると、さすがに先方も怒りだします。「経理部門て、おまえとこ5人の会社やろ。なにが部門じゃ」。
●これ以外にも、父親参観が近づいても蒸発してました。奥さんはしっかりした人で、もう慣れっこ、という感じ。子供もあんな父親なのにまったくぐれもせず立派に育っています。不思議なものです。
●酒癖も悪いので有名でした。飲んだ帰り。電車の中。向かいのオッサンをしばらくにらみつけていたと思うと「なんや、おまえ。ドジョウみたいな顔しやがって」といんねんをつけます。「ええか。俺はな、魚の中でドジョウがいっちばん嫌いなんじゃ」。この社長、体格が華奢で、まったく喧嘩が強そうには見えません。横にいて、僕は何度も冷や冷やしました。
●これも飲んだ帰りの電車の中。「あかん。あかんわ」。「どうしたんですか」。「吐きそうや。オェ」。「ちょっと、堪忍してくださいよ。次の駅はもうすぐですから、我慢してください」。「あかん。吐くわ」そういって、彼は持っていた紙袋に吐きました。その紙袋には僕が一生懸命書いたコピーの原稿が入っていたのです。
●この社長、今では広告業界を去り、親類がやっている鉄鋼関係の会社で次期社長として頑張っています。
●昨年、久しぶりに会いました。華奢だった体格はすっかりたくましくなって、日焼けして頼もしく見えました。もう蒸発はしていないということです。
●まぶしいような、ちょっと寂しいような、複雑な気持ちでした。

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