リレーコラムについて

おばあちゃんがビデオ女優だった頃

栗田雅俊

お正月、親戚が集う季節になると、
幼い頃、おばあちゃんとやった
『人生ゲーム』を思い出す。

そのときの僕は、小学校1年生くらいだろうか。
親戚の集いでのことだ。

大人たちが買い物かなんかに出かけてしまい、
留守番していた、おばあちゃんと
5~7歳くらいの孫たちだけで
人生ゲームをやることになったのだ。

僕はうれしかった。
その人生ゲームは、僕がサンタさんから
クリスマスにもらったばかりのものだった。
初プレイだった。

よくルールもわからない状態だったが、
おばあちゃんが、老眼鏡で
説明書をなんとか読みながら進めてくれた。

僕たちはルーレットをまわし、
それぞれの人生を歩んだ。

人生ゲームは、
中盤くらいで職業を選ぶことになる。
これによって将来の収入などが変わるのである。

サラリーマンになる者、
教師になる者、スポーツ選手になる者…
それぞれが生き方を決める中、

おばあちゃんの職業は、
『ビデオ女優』になった。

・・『ビデオ女優』?
職業カードを見ると、
半裸で唇の分厚い、色っぽい女性の絵が描かれていた。
いまでいうAV女優とかセクシー女優という職業だ。
このきれいなお姉さんが、おばあちゃんなのだ。

後で知ることだが、
僕らのやっていた人生ゲームは、“平成版”とかいうやつで
ゲーム開発者の悪ノリが一番強いバージョンだったのだ。
職業にも、ファミリーゲームとしては過激なものが入り込んでいた。
今だったらクレーム殺到かもしれない。

だが幸いなことに当時、
おばあちゃんは年寄りすぎて、
僕たちは幼すぎて、
『ビデオ女優』が何を意味している職業なのか、わからなかった。

「おばあちゃん、このビデオ女優ていうの、なに?」
「なんやろなあ。。けど、女優って書いたるで、女優やろ」
「すごい!おばあちゃん、女優や!」
「すごい!女優や!!」

こうして、おばあちゃんはビデオ女優になった。

おばあちゃんは、ビデオ女優として、日々の糧を得ていった。
ビデオ女優の収入は高かった。
おばあちゃんは、豪華で派手な暮らしを謳歌していた。

そんな中、いい人と出会ったのだろう、
おばあちゃんは突然、結婚をした。

それまでおばあちゃんが一人で乗っていた
オープンカーの助手席に、夫が乗り込んだ。

だが結婚しても、
おばあちゃんは、ビデオ女優を引退しなかった。

やがておばあちゃんは、出産もした。
ある日僕らに「子供が増えました」という情報が伝えられ、
おばあちゃんにお祝い金を贈った。

だが子供ができても、
おばあちゃんは、ビデオ女優を引退しなかった。

ビデオ女優を続けながら、人生を歩みづづけた。

おばあちゃんのオープンカーには、
いつしか乗り切れないくらいたくさんの子供が乗り込み、
やがて、立派な一軒家まで建てていた。

ビデオ女優として、愛を育み、幸福な人生を生きる。
おばあちゃんの凛々しい姿には、
ビデオ女優という職業に対する
誇りのようなものさえ感じられた。

そんな中、おばあちゃんに嫉妬している男がいた。
僕である。

よく考えず『サラリーマン』を職業とした僕は、
日々の給料が、おばあちゃんに比べて著しく低いことに
大きな不満をもっていた。

僕が毎日サラリーマンとして一生懸命働いている収入を
ビデオ女優のおばあちゃんは軽々と超えていく。
そして派手な暮らしをしている。
ビデオ女優ばかりがいい思いをしている。

こんなにがんばっているのに、労働者階級は報われない。
やはり人に雇われている側には限界がある。

僕はぐずった。
そして泣いた。
もうサラリーマンなんて職業はいやだった。

あのときもう少しコピー力があれば
「サラリーマンという職業は、ありません!」
と大声で叫んだかもしれない。

そんな僕の様子を見かねて、
おばあちゃんは、お金をくれた。

ポン、と1000万円くれた。。

こうしていま思いかえすと、
夜景を見つめながら、
細長い煙草を吸う夜の女の姿が浮かんでくる。

男泣きする僕に、分厚い封筒を投げてよこすビデオ女優。
「しょうがないコだよ…持ってきな」
照れ隠しのような、酒やけのした、かすれた声で。

封筒の中には1000万円が入っている。。

それは、ばあちゃんが体を張って、ビデオ女優で稼いだ金。
なによりも尊いお金。それを惜しげもなく。

やさしいおばあちゃん。大好きなおばあちゃん。
僕はおばあちゃんを忘れることはないだろう。

ちなみに、
一緒にやっていた従兄弟のやすゆき君の職業は
『ジゴロ』だった。

ジゴロのやすゆき君は、
ゲーム終盤『人生最大の賭け』に失敗し、
『強制収容所』へと旅立っていった。

いま彼は何をしているのだろうか。

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