リレーコラムについて

よっちゃん

石本香緒理

コバサキちゃんからバトンをいただきました、
石本香緒理です。
今年から、よろしくお願いします。

先日、沖縄の海に浮いていたら、
もう夏本番の肌になってしまいました。
会社で、梅宮さんみたいと言われて
複雑な気持ちになったので、
辰ちゃん、もしくは、奈良漬けと呼んでください。

さて、

国語の苦手な私がコピーライターになり、
新人賞までいただけるなんて!

まわりのみなさまのおかげはもちろん、
いまの私をつくってくれた家族のおかげなのです。

その家族にして、アナタあり。
家族の話を人にすると、たいていそう言われます。

生き方も、思考回路も、言動も。
いまの私は、家族でできている。

そんな家族の話を5日間、お届けしたいと思います。
よろしくおねがいします。

さきほど国語が苦手だといいましたが、
小・中くらいまでは国語も文章を書くのも
得意だったんです。
私と国語との関係は、
私と母との関係に似ているな、なんて
いまになって思います。

母、よっちゃん。

小・中のころの作文、読書感想文、
弁論、標語などは母が添削していました。
母は言葉にまつわる仕事をしていたわけではなく、
普通の会社員でした。

私が書いた一稿目を、母が仕事中(昼休み)に
読んで赤を入れる。
書き出しはドキッとする言葉がいい、とか、
ここはちょっとウソっぽいからもう少し考えてみて、
などなど。
三稿目で、OKいただけるくらい。文章的にですけど。
そこから、清書書きが始まります。
美しい字を書きなさい、と。

思い出されます。
話は少しさかのぼり、幼稚園のころ。
正座して、硬筆の宿題をやっている園児・石本。
となりには母。
園児・石本は「の」の字の最後の曲線に
さしかかりました。
母が「丸く丸く丸く…」とかけ声をかけています。
園児・石本はその重圧に耐えられなくなり…。
バランス悪く弧を描いた「の」ができあがります。
パチンッ!すかさず母の手が飛んできます。
用紙もぐちゃぐちゃにされます。
従順な園児・石本は、母にほめられたくて、
最初からやり直します…。

と、このような幼稚園のころの訓練が活かされ、
小学生になると清書のやり直しは
さすがになかったと思います…。

いま考えると、全体的にコッワ!って感じですが、
当時は、厳しいなんて思わず、
むしろワクワクしていました。
母のアドバイスに対して、期待に対して、打ち返す。

みなさん、
母と小学生・石本って、
クリエイティブディレクター(orコピーディレクター)と
コピーライターに似てませんか。

母は、私がいちばん最初に出会ったCDだったんです!
ある意味、コピーライター英才教育。

母といっしょにつくりあげた言葉たちは、
先生にほめられたし、賞とかももらいました。
そのたびに、母はすごく喜んで、
それを見るのがうれしかった。
実際に広告物に使われた標語のようなものも
あったりして。

人間くんたち、僕たちのすみかを汚さないで。
プランクトンより

こども環境なんとか、という
夏休みの宿題だったと思うのですが。
「生き物の目線で考えてみたら」という
母のディレクションのもと考えた言葉です。
視点を変える、擬人化する、ということを
教わっていたのです。

ずっと母と仲良しだったら、
もっと早くコピーライターになれたのかなあ、
なんて思ったりします。
高校生になり、母との仲は最悪になり
(似すぎていたんでしょうね)、
言い争い、取っ組み合い、家出の日々…。
それと同時に国語も苦手になりました。
かなりのこじつけですが。

いまは、もちろん、修復済みです。
だから、いま、このコラムを
書いていられるんだな、と思います。
これまた、こじつけですが。

CD母は、
コピーライターの素となるような経験を
与えてくれただけでなく、
ありがたき言葉をシャワーのようあびせかけて
育ててくれました。

努力に勝る天才はなし。(つねづね)
運も実力のうち。(つねづね)
99点も0点も同じ。(小学生のころ)
アンタは一回死んだんだから、
死んだつもりでやりなさい。(高校生、交通事故直後)
当たり前のことに感謝しなさい。(大学生まで)
人生、なるようにしかならない。(今日)

まだまだあるけど、
ここにはそぐわない言葉もあるので
割愛しますね、お母さん。

いまの私は、あなたでできています。

ありがとう、お母さん。

最後に、訂正。
母は決して、教育ママではありません。
ボディコンみたいなピチピチの
ミニスカートで出勤していました。
会社で着替えていた訳ではなく、
その格好で仕事をしてました。
ヤヌスの鏡のようなシャドウで、
すごい色のチークを
すごい角度でいれていました。
決して、教育ママではありません。

NO
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