リレーコラムについて

E.にありがとう

梅田大輔

すこしまた昔話になりますが、
有限会社E.という制作会社で私は育てていただきました。
TCC入会のときも所属していました。
2008年に独立するまでお世話になっていました。

アートディレクター蝦名龍郎率いるAD・デザイナー陣、
コピーライター東秀紀率いるコピーライター陣、
その両方をつなぐプロデューサー陣がいて、
多いときで30人ほどがいました。

デザイナーもコピーライターもけっこうな数の案を出し合っては、
このビジュアルとこの言葉で、この方向をつくってみよう、
と、まとめていくようなつくり方をすることが多く、
絵と言葉のハプニング的な出会いによって、
計算ではできないものが生まれていくことも多かった気がします。

これを毎日、個性も様々な何人ものAD、デザイナーたちと
やっていたことが、どれだけ自分の力になっているかは、
当時は全くわかりませんでしたが、今頃になって、
濃厚な時間を過ごしていたことを感じます。

というのは、もう今はE.という会社はなく、先輩たちも後輩たちも、
それぞれの会社を設立したり、フリーでやっていたりといろいろなのですが、
しばらく会っていなかった元E.のAD、デザイナーの人と
何年ぶりかに一緒にチームを組んだりすると、わかるのです。
会っていなかった年月を超えて、
つくっていくときの呼吸がさっと合わせられる感じを。
今、いくつかの案件が、E.時代のつながりで動いています。
見えない財産だと思います。

2014年の3月に、我が師、東秀紀の発起により、
ひさしぶりに集まろうぜということになり、
創業の場所、渋谷橋近辺に会場を借り、同窓会的なものを開催しました。
集まりの名は東のネーミングにより「たまにはE.会」としました。
90名近い人たちが集い、酔っぱらったひとときは楽しく、
翌朝は、本当に夢だったのではないかと思いました。

こうやって書いていて、今も上司の名前に
敬称をつけないのが自然に思える感じは、
まだ、どこかE.の人間なのかもしれません。

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