リレーコラムについて

セザンヌの林檎

名雪祐平

2020年のみなさん、お元気ですか?
東京オリンピック、どうですか?
ところで、ぼくは生きていますか?

こんなコピーを書いたことがあります。

就職の年だけ、
男だったらいいのに。

現実、まだ就職の男女差別が色濃く残っていた時代のコピーです。
女性を多く採用しているテンプスタッフのコピーでした。「就職
活動の年」にするか迷いましたが、キレが悪いので「活動」は削
りました。削っても通じるという感覚もありました。いまなら、
「シューカツの年」と書くのでしょうけど、まだ一般的な言葉で
もなく。

社会批評性もあって良いコピーが書けたかなと、わりと達成感が
ありました。周りにもほめられたり、効果もよかったと記憶して
います。TCCのコピー年鑑1998にも載りました。

ところが、書いてから半年くらいたって、「あっ」と思うことが
ありました。仲畑広告制作所の仕事を一冊にまとめた『仲畑広告
大仕事』をめくっていたら、こんなコピーがあったのです。

私だけ、美人だったら、いいのに。

1989年の西武百貨店のコピーですから、ぼくのコピーより前に
書かれたものです(コピーライターは山本尚子さん)。そして、
ぼくは『仲畑広告大仕事』を1993年の発刊当初から読んでいま
した。

書くときはまったく無意識でしたが、コピーのフォームが同じこ
とを後から気づき、良いコピーが書けたと自惚れていた自分をバ
カだと思ったのと、自分の頭で考えたつもりが、過去に触れたも
のと似てしまう怖さを知りました。

それからあまり日がたっていないタイミングで、なにかの打ち上
げの酒席で仲畑さんの前に座ることがありました。ぼくは、仲畑
さんの本の中のコピーに似てしまったことを、ありのままに伝え、
謝りました。仲畑さんはこう話してくれました。

「全然かまわない。同じりんごを使って絵を描いても、
セザンヌのりんごと、ゴーギャンのりんごは違うもんだから」

なんという例えでしょう。比喩でこんなに救われた気持ちになっ
たことはありません。

いま、2015年の夏の終わり。オリンピックのエンブレムで揺れ
ています。この暗さを救えるとしたら、どんな比喩でしょうか。
どんなコピーでしょうか。答えは出なくても、考えようと思いま
す。

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