リレーコラムについて

パンツ墓村

中川英明

男子寮に暮らす人間にとって、
親から与えられた名前より大切なもの。
それが、寮生番号。

寮に入ったボクらには、
それぞれ固有の番号が割り当てられます。
ボクの寮生番号は、360番。
この法治国家ニッポンで、
青少年が番号で呼ばれている場所は、そうありません。
それだけでも、
男子校地獄の第六階層と第七階層のカルマの深さが
おわかりいただけるのではと思います。

そして、ボクら寮生は
下着やシャツなど自分が着る衣類にはすべて、
この寮生番号を書くことを義務づけられます。

というのも、寮の洗濯物コーナーに汚れた衣類を出すと、
職員のおばさんたちがそれらを洗濯してくれ、
各番号のロッカーに返却してくれるシステムなのです。
名前など必要ありません。必要なのは番号のみ。

しかし、どんなに太い油性マジックで
くっきり「360」と書いても、
業務用洗剤によるハードすぎる洗濯を繰り返すうち、
その番号がかすれて消えてしまう、という事態が
しばしば発生します。

そうすると、何が起こるか。
「あれ、そういえば最近あのパンツ見てないな?」
と思った時は、時すでに遅し。
パンツは脱水と乾燥のはざまでロストバゲッジし、
完全に失われてしまいます。

これはゆゆしき問題です。
というのも、大体パンツを洗濯に出してから、
戻ってくるまで中3日。
ローテーションでパンツを回していくには、
最低4枚は先発が必要な計算になります。
たとえ選手層の厚さに自信がある寮生でも、
せいぜい所有しているのは5~6枚程度。
やはり1枚でもパンツを失うことは、
貴重な戦力を失うことになり、
ノーパンスレスレの実に不安なペナントレースを
送る羽目になります。

しかし、行方不明になってばかりでは
パンツが何枚あっても足りません。

そこで月に1回ぐらいのペースで
「迷子になったパンツと持ち主とを再会させよう!」という、
泣かせるイベントが体育館で行われます。

昼下がりの日曜日。体育館の床にずらっと並んだ、
ものすごい数のパンツ、パンツ、パンツ…。
まさに男ものパンツの墓場。つわものどもの夢の跡。
眼に来る景色です。
たまにテレビのニュースなどで
下着泥棒の実況見分で女性下着が並んでる様を見ますが、
もしこれが下着泥棒の仕業なら、
オーシャンズ11ぐらいのドリームチームを結成しないと
集められない規模感です。

そして、ボクら寮生たちは、
ものすごい数のパンツの合間を縫うように歩きながら、
失われた自分のパンツを必死になって探すのです。

共学に通う学生たちが
部活に汗を流したり、デートしたり、
家族でドライブに行っている日。
ボクらは体育館で
マグロの仲買人のような眼差しで
男もののパンツをじっと見つめます。

「…同じ柄が2枚あるけど、どっちがオレのだ?」

そんなことだけをただ真剣に考えながら。

(つづく)

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