リレーコラムについて

嬉しいことも

阿部広太郎

ラストスパート.doc

“2011宣伝会議賞”と書かれたフォルダには、
そんな名前のワードファイルが入っている。
あの時の僕は、とにかく走っていたんだと思う。

いいコピーが書きたい。書きたい。書きたい。
いや、もちろん。
コピーを書きはじめた時から、そう思っていたけれど、
宣伝会議に通って、通い終わって、
その思いが、ぐるぐるぐるぐると頭の中をまわっていた。

原点に立ち返ろう。
いいコピーは、コピー年鑑に載っている。
人の心を動かして、
商品や社会の役に立ったコピーが載っている。
人事から異動して、
もちろん年鑑の写経はしていたけど、もう一度やろう。
気になったコピーは、クロッキー帳に書き写す。
なぜそれが気になったのか、なぜそれが良いのか、
自分なりに考えながら。
会社で借りるなり、本屋で買うなりして、
コピー年鑑、1983年から2011年まで。
TCCだけでは飽きたらず、
FCC年鑑も、CCN年鑑も、OCC年鑑も、TOCC年鑑も、SCC年鑑も。
ぜんぶ、ぜんぶ、ぜんぶ、買った。
なにかヒントがあるんじゃないかと、
良いと言われている絵本、短歌集、詩集も。
気づけば、僕のデスクは、本でぐじゃぐじゃだった。

それはそれは楽しい時間でした。
コピー年鑑って、眺めてるだけでも楽しい。
ページをめくるたびに、
うまいなあ、とか、うわいいなあ、とか。
どんな気持ちでこのコピー書いたんだろう、とか。
俺もこんなコピーかきてーなー、とかとか。
ひとりこころの中でリアクションして、
にやにやしながら、わくわくしていた。
俺もいつかきっと。心の奥で思いながら。

勉強した事を、仕事にぶつける日々。
仕事への意識を変えた。
黙っててもコピーを書くチャンスなんてまわってこない。
コピーを書くチャンスをつくるのもコピーライターの仕事。
どの仕事でも、粘り強くコピーを書きつづけ、提案しつづけた。
「紙もったいないから1枚に1コピーじゃなくていいよ」と
師匠に言われるくらい書いた。

結果が欲しい。
ガツガツ勉強しても、コツコツ仕事しても。
なんだかんだいっても、コピーの賞が欲しかった。
そしたらもう、宣伝会議賞ですよ。
コピーで誉められたかった。
コピーで見返したかった。
やることはひとつ。
書くしかない。

いままでの人生すべてぶつけるつもりで、
飲み会の誘いもほとんど断って、
付き合いの悪い奴だと思われてるだろうなと思いながら、
途中なに書いていいのかちょっと気持ちが悪くなっても、
家で、会社で、電車の中で、土日も書いて、
段ボールが一箱がぱんぱんになった。ずしんと重かった。
辛くなかった。楽しかった。なんて言ったら嘘になるけど、
それだけの価値が、この仕事にはある気がした。

当日消印有効。
23時59分まで書ける。
もう段ボールは郵送してるけど、
なんだかそわそわして、タクシーに乗った。
松戸の24時間郵便局で、
ちょっと多めにA4コピー用紙を持ち込んで、
ガタガタの椅子に座って、
えらく低い机に向かって、最後まであがいた。
24時が近づいてくると、ちょっと手が震えた。

帰り道。終電が迫る。
なにやってんだろ俺。
でも、なんか、俺らしいかもな。
そんなことを思いながら、自販機で、コンポタ缶を買った。

いままで飲んだコンポタの中でいちばんうまかった。
120円で世界一幸せになれる飲み物なんじゃないかと思った。

だからかもしれない。
宣伝会議からおめでとうございますの電話があった後。
なんだか無性にコンポタ缶が飲みたくなった。

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