リレーコラムについて

なぜか東京3

岡野敏之

さて昨日はえらそうに終わっちゃったなと、ちょっと反省しまして。
もういちど「東京」のいいところを考え直してみようかなと。

私が子供のころから住んでる大崎のあたりは
最近になって高層ビルとかタワーマンションとか
ニョキニョキ立ちはじめましたけれども
昔っからのご町内っていうかも健在な下町なんですよね。

正月のたびに地元の鳶の兄ちゃんがつくったしめ飾りを
ちょっとしたおつき合い価格で買ったりとかね。
近所のなじみの定食屋のおやじさんが
うちの3歳になる息子のアタマをなでてくれたりとかね。

東京のいいところって、こういう人間関係が
とんでもない人口密度で積み重なってきたところかなと。

よくも悪くも隣人が近くて、夫婦喧嘩は丸ぎこえ。
ひとたび街に出れば押し合いへし合いは日常茶飯事で、
特別に休まる場所なんてありゃしないまま
夜も終わらないのに次の陽はまた昇るみたいな。

「人の寝息がベッドにあれば夢の続きが見れる」
そんな歌がバブルの頃に流行りましたけれど。
そこまで距離感がクローズかは別としても
どこか四六時中他人と一緒に生きてる感触があって。

だから寂しくなってるヒマなんかないんだと
自分で自分を盛り上げていくんですけど。
そんな弱さを抱え込みながら、それぞれ毎日がんばってる。

村が総出で田植えするっていう連帯感はないけれど
みんなご同慶の至りといいながら
それなりに額に汗して働いてたりする。

そんな無形の「つながってる感じ」が好きなんですよ。私は。

だから「人情」なんてものが過去の遺物になってしまえば
よけいに「東京の愛すべきところ」は失われてしまって。
顔の見えない人たちが諸行無常にすれちがう大都会なんて
ステレオタイプがどんどん真実になっていくような。

ちょっと前に仕事のカラミもあって
久々に「男はつらいよ」をたくさん観たんですけれども
やっぱりあの世界っていいよなあと思いましたし。

「三丁目の夕日」が映画として当たったのも
なんだか失われゆくものへの喪失感とか
それをなくしちゃいけないと思うある種の義務感とか
そういうものが、まだ多くの人の心にあったんだろうなあと。

ああ、いかん。
また評論家みたいなことを書いてしまいました。

でも、この節電の夏。
もうちょっと人情で乗り切る方法も考えていいかもなと。
近所の定食屋のおやじさんに
「家族そろって行くから冷房利かせといてよ」なんて
頼んでみるのも、電気の(電気代の)節約になるわけで。

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