リレーコラムについて

スペインの少女。1

土井徳秋

僕は真っ暗なトイレの中に閉じ込められていた。
出ようと思って、暗がりの中で、ドアを押したり叩いたりしてみるが
厚い木のドアは、どこを触っても、まるで動かない。
あわててトイレに入って用を足したのはいいのだが、出るに出られない。

僕が35年以上になるコピーライター人生の中で体験した、
ある海外ロケ中の秘話である。場所はスペインの風車の村。
僕は、風車の前で撮影中のスタッフから離れて、たったひとりで
近くの村見物と、しゃれこんだ。確か日曜のお昼前だったと思う。
村の中に小さなバーのような店があった。音楽がガンガン鳴り響き
何人かの客が大声で話し笑っていた。
そこで僕は、トイレを借りようとスタスタと店の奥まで黙って入り込み
暗くて前もよく見えない中でトイレを見つけ出し、あわてて用を足して
ほっと一息ついたその後の出来事である。

僕はあせった。暗い闇の中だった。このままここで閉じ込められた状態でいると
撮影を終えたロケ隊の中で、ちょっとした騒ぎになってしまうだろう。
僕は誰にもひと言も断りもしないでロケの現場から、ちょっとお散歩とばかり、
出かけてきたからだ。
スペインの風車の村でコピーライターが一名、行方不明。
ロケ隊のスタッフも探しようがないのでは、ないだろうか。
もしも運よく見つけ出されて救出されたとしても、
スペインのトイレの中で発見されたコピーライターという汚名は
生涯、消えることがないのではなかろうか。
僕はあせりにあせった。(次回へ続く)

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