リレーコラムについて

田中 -第2話-

永野弥生

「お宅のお嬢さんオレにくれんかね?」

あまりにもやぶからぼうだ。
もちろん結婚前提のつきあいもなければ、
ろくに会話すらしたことない。

なにより、田中50歳、私18歳。

だが、冗談で言っているのでは
なさそうだった。こうと決めたら、
それがどんなに常識はずれでも
なりふり構わず決行する男だった。

勤続20余年だった郵便局も、
配達先で吠えられ続けた犬に、
ある日とつぜん反撃を決意し、
石を投げつけたことでクビになっている。

私は、そんな田中を小学生の頃から、
本能的に警戒していたが、
商売人の子どもとして育った性なのか、
話しかけられると、なんでもハキハキ即答した。
早く話を切り上げたかったのもある。
それが、田中の目には人懐っこい子どもに
映ったのかもしれない。

とにかく、そんな田中の特攻プロポーズにより、
夕飯の支度で、バタバタしていた
家族全員の時間が一瞬止まった。
私は、聞こえなかったことにして、
奥の間に引っ込んだ。

あの時の父の顔が忘れられない。
と、母はいまだに言う。

「帰れ帰れ!もう来るな!」
父は、犬でも追い払うように
田中を追い出した。

それでも、田中は懲りずにやってきた。
お詫びのつもりか、店番でも手伝うかのように
レジまわりに勝手に丸イスを置いて座っていた。

他の買い物客が手に取った酒について
「その酒には防腐剤がたくさん入ってるらしいから、
こっちの酒を買ったほうがいい」などと、
難易度の高いセールストークを試みたが、
のどかな町には根付かなかった。

こうして田中は本格的に「出入り禁止」を食らった。

つづく

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