リレーコラムについて

人によって違うかもしれませんが

小澤裕介

香水って使わないです。
食事がおいしくなくなる気がするので。
少なくとも、日本っぽい料理には合わないので。
他人がつけているのは、ちっとも嫌ではないのですが。

でも、海外を旅行するときにだけ、
その慣れない香水をつけるようにしています。

いちばん最初は、欧米じゃ男も香水つけるんだ、じゃあオラも!
でしかなかったんですけど。
とあるきっかけで、香水というか、匂いのもつパワーに気づいたんです。

旅をしてた国から日本に帰ってきて、
むこうで世話になった友人や、知り合った人に、
手紙書かなきゃな、ってなるじゃないですか。
でも面倒くさくて、伸ばし伸ばしにするじゃないですか。

英語すごく不自由だし。そもそもひどく筆不精だし。
日常にもどると外国での出来事って、
はるか遠い別世界のことに思えてくるし。
そういう億劫さとか、心の冷め方って、
手紙を通してそのまま伝わるじゃないですか。
まずいなぁ、少しでも記憶や気分をたぐり寄せなきゃ、と
旅先でつけていた香水の瓶を嗅いでみると、

パッ!

と、不思議なほど鮮やかに、よみがえるじゃありませんか。
あのときの、あの会話が。あそこの場所の、あの景色が。
そして、そのときの感情とか、全てのなんやかやが。
ほとんどフラッシュバック状態でありました。

それ以来です。
海外旅行に出かける度ごとに、
空港でひとつ、新しい香水を選んで、
旅の間ずっとつけて過ごすことにしています。
いつかその匂いを嗅いだときに、
もういちど記憶の抽斗を、パッと開けられるように。

記憶の刷り込みと言うんでしょうか。
思い出のインデックスづくりと言うんでしょうか。

人間の視覚や聴覚が、
生まれてしばらくして発達する感覚であるのに対して、
嗅覚というのは、すでに胎児のうちから発達がはじまる、
より原始的な感覚なのだそうです。
よりダイレクトに、脳みそとつながっているのだそうです。

まあ、聴覚にあたる音楽でも、同じようなことは言いますけどね。
古い思い出とセットになった曲を聴くと、
その時代の状況やシーンがよみがえる、と。
よみがえるんですけど、瞬間的に、ではないような。
ちょっと滞空時間があるような気がします。

でも、匂いは、瞬間的に来ます。

夏の夕立ちの埃っぽい匂いとか、
プールの塩素の匂いとか、
海の近くで育った人は潮の匂いとかで、
幼いころ見ていた風景が瞬時によみがえる。
まさにアレのことなんですが、おもしろいですよね。

さて、そんなふうな、誰かの記憶再生装置になれるような
コピーが書けたらいいな、いいな、と思い続けています。
人の心の奥にある、それぞれの記憶をくすぐるようなコピー。
ほんとに、憧れてしまうんです。

ところで。

このあいだ、ご近所の立ち喰いそば屋の前を通りかかって、
お出汁のつよい匂いが鼻をくすぐりました。
反射的に、小学生のころに交通事故で入院していた
病院での食事がよみがえりました。

ここのそば屋、病院食とおんなじ業務用のダシ使ってんのか。

入るのはやめとこうと思いました。

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