リレーコラムについて

笑いのツボ

桜木浩一郎

前回このコラムを担当したときに、
ことばを話せないひとつ下の弟について書きました。
その弟の笑いのツボが独特で、
見ているこっちが愉快になるという話です。

子どもの頃、家族でクルマに乗っていると、
オートバイがうちのクルマを
脇から追い抜いていくごとに、
弟は車内で身をよじらせて笑っていました。
理由は分かりません。
なかでもフルフェースのヘルメットの場合が
ツボのようでした。

また、幼いときは
笑うのもすぐなら泣くのもすぐで、
僕が怒ったフリをしただけで、
弟は声を上げて泣き出しました。
でも、変な仕草をするだけで
瞬時に笑ってくれるので、
泣いたり笑ったりのスイッチがおもしろくて、
つい遊んでしまいました。

ところがあるとき
弟を冗談で泣かせてみようと思って、
指の腹で弟の頬をピチッとやったら、
弟の涙が止まらなくなったのです。
自分では何も悪いことをしていないのに
弟は僕にペコッと頭を下げて、
涙をボロボロ流しながら
両腕でしがみついてきました。
弟の生暖かい涙がそのまま
僕の顔に押し当てられたとき、
こういうことは遊びでもやっちゃダメだなあと
理解した記憶があります。

さて。そんな弟の笑いのツボに、
完璧にはまったCMがあります。

2000年のカンヌでグランプリを獲った、
バドワイザーのCMです。
この業界ではよく知られていますが、
向こうの若者たちが仲間同士で
「ワザ〜」と言い合っているCMですね。

もしかしたら弟が喜ぶかもと思って、
ある日ビデオを見せたら想像以上でした。
弟はツボにはまると何度でも見たがるので、
僕はひたすら巻き戻しと再生を繰り返しました。
そして弟は毎回飽きずにゲラゲラ笑っているのです。

このCMがカンヌのグランプリを獲ったとき
日本の業界では、
「英語圏の人間には楽しめるが、
 日本人にはその面白さは理解しにくい」
という評価がなされていました。

ところが目の前で、ビデオを流すや
身をよじらせている日本人を見て、
なんだか頼もしさすら感じました。

今年の冬、
実家に帰ったとき鍋を食べました。
父が故郷の用事に泊まりがけで出かけていて、
母と弟と僕の3人でした。
「案外鍋奉行だ」と母が評する通り、
弟は後半になってくると
不器用な指で具材をつまんで
自分から鍋に入れ始め、
最後は思い立ったように
具材の皿ごと鍋にひっくり返しました。
すると、的を外れてはみ出たシラタキが、
熱い鍋の裏側にペタッと張りつきました。
どうやらそれがツボだったようです。

弟が静かに笑い、
残っていたシラタキを1本つまみます。
そして、鍋の中ではなく、
鍋の裏側に近づけていきます。
間もなくペタッと張りつくシラタキ。
それを見た弟がムフッと笑います。
それを見て、母が楽しそうに笑います。
それを見て、また弟が笑います。

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