リレーコラムについて

思い込み

長谷部守彦

私はずっと「無理矢理」の矢を、「失う」と書くのだと思っていた。
中学校の読書の宿題で、その四字熟語に出会って以来、
頭の中では、「ムリシツリ」と読み続けていた。

「理が無いところに、人は理を失う。」

などと勝手に解釈して、実に深い言葉だと感心していた。
「ムリヤリ」のほうは、無理に「槍」と書くものと信じていた。
一心不乱に槍を突きまくる落武者の映像を、こどもの時に頭に描いて以来、
まったく疑うことはなかった。
幸運だったのは、槍という漢字も正確に記憶していなかったので、
書くときはいつでも仮名を選んで来ていたことだ。

ある晩、読書にふけっていたとき「無理矢理」に出会った。
そのとき「失う」のはずが「矢」の字になっているのを発見した。
ハードカバーの単行本に誤植を発見したことに、私は興奮した。

おいおい頼むよ、誤植じゃん。しっかり仕事してよ。これじゃ「ムリヤリ」じゃん。
そう口にした音を自分の耳が聞いた途端、全身に恥ずかしさが熱となって襲ってきた。

まさか、という思いで本棚を引っ掻き回して他の書物をめくっては
「無理矢理」と書かれていることを確認し、うなだれた。
よほど慌てていたのだろう。ついぞ、辞書を引くという発想には至らなかった。

実は、ほんの数年前。
四十路を目前にした大発見であった。

まだまだ「無理矢理」を超える思い込みが、あるに違いない。
世の中には知らないことのほうが多いのだ、と開き直ることもできるが、
いずれ一世一代の場面で大恥をかくことになるであろう。

日頃から無知のエネルギーは小出しにするに越したことはない。
この点は、地震と一緒である。

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