リレーコラムについて

ボツコピーライターのプロジェクトX vol.4

山田尚武

その人の名は、田村京子さん(仮名)。
歳の頃はたぶん50過ぎ。
男はとある食品メーカーの仕事で、同じ時を過ごした。
おっとりとして、笑顔のすてきな女性だった。
彼女の仕事は、いちおう社内プロデューサーということに
なっているのだが「ナカハタさんって言う方は有名な方なの?」
というくらい、広告知識に無頓着なところが男は大好きだった。
そんな田村さんと、プレゼンをしたときのこと。社内競合。
田村さんがその場にいるだけで、
プレゼンはまるで紙芝居小屋のように和やかなムードになった。
紙芝居の出し物は、ちょっとおせんちな恋愛もののテレビCM。
コピーは「愛、それはLOVE。」(仮)
朗読のようなボード説明が終わり、
「どうです、感動したでしょう?」と言わんばかりの得意満面の男。
ところが、「・・・人情ものもええねんけど、インパクトがどうやろなー」
お偉いさんの一言で、場内には間の悪い沈黙が。
そこへふと、すすり泣く声が。
田村さんがハンカチを手に、涙と鼻水をブレンドさせながら
大泣きしているのだ。「こういうの、あたしぃ、ほんとにもうダメ〜」

結局、大物タレントを擁した競合チームに、男の企画は破れた。

あの時のあまりの大泣き、はじめは田村さんの
手の込んだ芝居だと男は思った。プレゼン受けするための。
でも、心から泣いていたのだ。たぶん、自分自身のことで。
そう確信したのはそれから半年後のことだった。

ある仕事の打ち上げで、男は田村さんとご一緒した。
お酒をのんでちょっと気分が悪くなったという彼女を
タクシーにのせたとき、分かれ際に田村さんは男にこう言った。
「あたしね、あのお話大好き。いつかきっと実現させましょう。」

それからわずか数カ月後、田村さんは亡くなられた。
大腸癌だったという。

あの企画は依然、ボツのままである。
だけど、胸の中にずっと温めつづけたいボツが、
コピーライターにはあってもいい、と男は思った。

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