リレーコラムについて

風景は大教育

中村直史

昨日のつづきです。
風景について。

風景について書こうと考えていたら
ふとキューピーの「ON THE EARTH」のCMを思い出しました。
昨年TCCの一次審査を担当したときに
これだけほかとちがって異質だなと思って
ずっと気になっていました。

今思うと、ほかのCMはほぼ人間に関する記述をしていたんですが、

あのCMだけは風景が描かれていた、ような気がします。
風景に目をやると、
この世は人間の心の世界だけじゃない(だから大丈夫)
という気持ちになってすがすがしい気分になります。

ただ、風景のもつ効果とか効能は言語化しづらく

なぜ風景に目を向けた方がいいのか、
伝えるのはむずかしいです。

かつてこの風景の効能について、めちゃ考えて熱く語った人がいます。
南方熊楠です。

熊楠は明治政府が「神社合祀」をして神社の数を減らそうとしたとき、
猛烈に反対しました。
地域にたくさん散らばる小さな神社たちが、
いかにその土地と人とって大切なものか。
あらゆる視点から熱く長い反対意見を書いたんですが、
その中に「風景」に関する記述があります。
これが、けっこう大事なことが書かれてる気がして、
あと、なんというか熊楠のパンクさが滲み出ていてかっこいいです。

原文を載せるので読んでみてほしいです。
(ちょっと読みづらいところもあるので僕なりに現代語訳もしてみました)
(青空文庫からのものなので著作権は大丈夫かと)

●「神社合祀に関する意見」より抜粋・原文。
小生思うに、わが国特有の天然風景はわが国の曼陀羅ならん。前にもいえるごとく、至道は言語筆舌の必ず説き勧め喩さとし解せしめ得べきにあらず。その人善心なくんば、いかに多く物事を知り理窟を明らめたりとて何の益あらん。されば上智の人は特別として、凡人には、景色でも眺めて彼処かしこが気に入れり、此処ここが面白いという処より案じ入りて、人に言い得ず、みずからも解し果たさざるあいだに、何となく至道をぼんやりと感じ得(真如)、しばらくなりとも半日一日なりとも邪念を払い得、すでに善を思わず、いずくんぞ悪を思わんやの域にあらしめんこと、学校教育などの及ぶべからざる大教育ならん。かかる境涯に毎々到り得なば、その人三十一字を綴り得ずとも、その趣きは歌人なり。日夜悪念去らず、妄執に繋縛けいばくさるる者の企て及ぶべからざる、いわゆる不言いわずして名教中の楽土に安心し得る者なり。無用のことのようで、風景ほど実に人世に有用なるものは少なしと知るべし。
●現代語訳
この日本特有の自然の風景というものは、我が国の曼陀羅(マンダラ)だ。前にも言ったんですが、人が大切にすべき道理というものは、必ずしも、言葉で教えたり、さとしたりするだけで伝えられるものではない。その人に善良な心がないなら、いかにたくさん物事を知っていても、いかに理屈を重ねることができても、なんの意味があるのだろう。そう考えたとき、すぐれた知恵のある人なら、言葉でそんな善良な心を育てられるかもしれない。でも私たちのような凡人は、自然の景色でも眺めながら「ああきれいだな」とか「ここがいいな」などと考えているうちに、人に説明はできなくても、そして、自分自身ちゃんと理解できていなくても、なんとなく人の道というものをぼんやりとでも感じるようになる。景色を見て過ごすと、半日とか一日とか、しばしの時間であっても、いつのまにか邪念を払うことができて、善いことも思わないし、逆に言えば悪いことも思いさえしないという境地になる。風景がもつこの力は、学校教育などではとうてい及ぶことができない「大教育」とでもいうべきもので、風景に接し続けることでそんな心持ちになれたなら、その人は、たとえ詩がかけないとしても、きっともう詩人だ。その人は、たとえ言葉にできなくても、正しい道を知り、その境地に安心した気持ちでいる人だ。その人は、悪いことばかり広めようとする人の言動にまどわされることがない人だ。風景というものは、一見全く無用なもののように見えるけれど、これほど、人や世の中にとって大切なものはないと、みんなが知っておくべきなんだ。

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