リレーコラムについて

鰻、だろうか?

井口雄大

父との思い出はあっても、父のことはあまり知らない。

どんな仲間がいたのか。
何をして遊んでいたのか。
そこでどんな事件があったのか。
中学で、高校で、大学で、会社で、退職して、
何をして、何を思っていたのか。

好きな本は何か?
好きな作家は誰か?
映画は?音楽は?
カラオケの十八番は?

そのごく一部は、妹が整理したアルバムや、
お悔やみに来てくださった
父の友人やかつての同僚から聞いたけれど。
家族で過ごした以外の時間を、
父という顔以外の顔を、ほとんど知らない。

時代が令和だったら、違ったのかなあ。
と、同い年のプロデューサーと話す。
でも昭和にも親父と二人で酒を酌み交わす
という定番のいい風景はあったはずで、
それすらできなかった二人の会話は、
そこで停滞して、別の話に変わった。

高度経済成長の真っ只中を生きたリアル。
自分がしたことのない転職のリアル。
いま参考になりそうな事業開発のリアル。
そんなことも聞いておけばよかったなあ、と思う。

自分が生きていない時代を生きた人の、
経験していないことを経験した人の生の声。
戦火を生き抜いた祖父や祖母のときにも
同じようなことを思ったはずなのに、
父については、今日の今日まで
そう考えたこともなかった。

あれ?好きな花はなんだったっけ?
そう思いながら、少し申し訳ない気持ちで
納棺したことを思い出す。
そして今日また、思う。
そういえば、いちばん好きな食べ物は何だったのか、と。
退院した日、食欲がない中で最後に食べたのは
数切れの鰻だったから、鰻だったらいいな。

NO
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