リレーコラムについて

青島、プリーズ。

和久田昌裕

2020年1月2日。

僕は熊本への帰省を少し早めに切り上げ、正月三が日の博多駅の雑踏の中にいた。明日から二泊三日の、てるてるたちとの、”二度目の”マカオ行がはじまる。

話を昨日の続きに戻すと、初めててるてると行ったマカオでの”ブレスト”は、事前にきちんとストラテジーを予習していたこと。そのストラテジーに忠実に則ってプレイしたこと。そしてほぼ初めてのブラックジャックで大きな冒険をしなかったことが幸いして”やや勝ち”という、コラム的には全く面白くない結果だった。いわゆるビギナーズラックである。一方、主目的のブレスト自体は、グランドハイアットのジャグジーの解放感のおかげか、はたまたプールの目の前にそびえたつ、できたばかりのザハ・ハディド建築の圧倒的存在感の影響か・・・いや、よそう、議論は終始天才てるてるのペースで進み、僕はスゴロクにいるときのように、青島ビールを頼み続けた。帰る頃にはそれなりの企画がまとまり、帰国の機内で僕とてるてるは一つの約束をした。「このプレゼンに勝てて、いいものが作れたらまたマカオで乾杯をしよう」

それから半年。そのプレゼンには無事勝利することができ、自分たちも納得のいく素晴らしいムービーを納品することができた。それはそうだろう。何せ監督である僕は何もせず、エースのてるてるを自由に走らせておくだけでいい。しかも僕の采配とは無関係にてるてるはその半年間、九州というフィールドを縦横無尽に駆け回り「ラッキースケベ製造機」は「ラッキースケベ”無限”製造機」にクラスチェンジし「猿蟹合戦の猿状態」とまで言われるほどフィーバーしていた。そして僕はひとり虚しく、スゴロクのハイボールを飲み続けていた。そんなとき、てるてるからラインが届く。

「わくちゃん、海くんと一緒に正月マカオいかない?」

海くんというのは、ギーク・ピクチュアズから1年間の出向で来ていた大江海監督。出す企画のクレイジーさ、演出のクレイジーさ、ようするにクレイジー全振りの彼もまたまぎれもなく若き天才であり、私服のセンスと足の匂い以外は完璧と評された男である。今回納品したムービーの演出家も海くんであり、何よりてるてるがあの約束を覚えていてくれたことがうれしくて、僕はその場で3人分の部屋を予約した。

話はようやく、2020年の1月2日につながる。そして、事件は起きた。

博多駅の雑踏の中、バスを待っていた僕に突然誰かがぶつかってきた。それもかなりの勢いで。僕はその勢いで弾き飛ばされ、持っていた紙袋を落としてしまう。実家からもたされたミカンが袋から飛び出て、路上に転げ散る。ぶつかった誰かは謝りもせず逃げるようにいなくなっていた。だが、捨てる神あれば拾う神あり。通行人の方々がミカンを拾うのを手伝ってくれる。そのうちの一人が、僕の紙袋を指さして「何か漏れてますよ」と言った。

慌てて袋に手を突っ込んだ僕に、耳では聞こえるはずのないザクッという音がした。袋の中身はなんじゃなろな。なんて確かめるまでもなく、そこには日本酒の一升瓶が入っているのは分かっていたのに。漏れているということは瓶が割れているということも明らかだったのに。翌日からマカオに遊びに行くという浮かれた気分の大油断。味わったことのない痛みと、見たこともない量の鮮血が正月の博多駅前広場の床を染め上げ、漏れた日本酒とまじりあい、それはまるでロゼワインのようだった。

ありがたいもので正月でも病院はやっていた。血まみれの右手を通行人の方々がくれた大量のティッシュとガーゼで抑え、タクシーでセルフ救急搬送からの緊急手術。中指の腹は白い脂肪の部分まで裂け7針を縫う大怪我。処置を終えた年配の医師は無下にこう告げる。

「明後日、見せに来てね。消毒するから」

消え入りそうな声で、答える僕。

「明日から・・・海外なんです」

「え、海外?どこ?」

「・・・カオ」

「え?」

「マカオ・・・急な仕事で」

つくつもりも、そしてつく意味も全くない嘘までついて。そんな僕の嘘はとっくに見通しているように医師は小さくため息をついて「じゃあ、鎮痛剤と替えの包帯を出しておくから。極力水には濡らさないように。あと、帰国したらすぐに来てください」

こうして予定通り、マカオに向かうことができた僕。空港で待ち合わせたてるてると海くんは、右手の中指を包帯でぐるぐる巻きにされた僕に最初は驚き、次に呆れ、最終的にはネタにしていた。なにせ、ホテルにチェックインして、最初にゆっくりしようと向かったプールで僕だけ泳ぐことができないのだ。しかし悔しい僕は、右手を水から出したまま、立ち泳ぎのようにしてプールで遊びはじめた。すると、プールサイドにいるボーイさんが呼ばれていると勘違いして寄ってくる。仕方ないからその度に僕はいう。

「青島、プリーズ」

マカオ編は怒涛の三日目に続く(つづいていいのか?)

NO
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