リレーコラムについて

辻中アウト。辻中イン(後編)

和久田昌裕

■chapter-0:プロローグ

(書く前からとても長くなる気がしているのでチャプター分けしておきます)

 

2021年、例年通りとても暑い夏だった。

レンタカーを借りて、もっくんの運転で福岡を出て西へ向かう。行先は佐賀。太良町のアスパラおじさんことふじっちの家。ふじっちについては、てるてるのコラムで紹介されているので、そちらを参照されたい。はっきり言って名文だと思う。

ただ、実際のふじっちはさえないガンダム好きゲーム好きのおじさんである。だが、ゲーム好きを侮るなかれ。一度、ふじっちの家に遊びに行くと、もう一人知らないおじさんがいた。聞くとオンラインゲームで知り合い、ゲームの中で、アスパラ農家に転職したことを伝えたところ、この人の作るアスパラだったら食べてみたいと、わざわざ徳島から車を走らせ畑を見に来たそう。ゲームの中での転職って武闘家とか賢者とかじゃないのか。僕もその日は一緒に、徳島名物のすだちと鳴門の茎わかめ、そこに採れたてのアスパラを合わせ、おじさん3人で飲み明かした。今考えると健康的すぎるが、おじさんたちにはこんなのがいいんだ。

 

■chapter-1:佐賀~長崎編

 

ふじっちの家に到着した僕ともっくんは、道中で買ってきたビニールプールを広い庭に広げ、海パン一つになって乾杯をする。目の前は有明海。その向こうには故郷の熊本が見える。夕方、収穫を終えたふじっちが戻ってくる。僕がお好み焼きをつくり始めるが卵がないことに気づいた。徒歩圏に店もなく、すでにアルコールも入っている。

「卵何個いる?ちょっと待ってて」

ふじっちがアスパラを手に出かけていき、5分ほどでTシャツのお腹に卵を抱えて戻ってきた。隣のお宅が鶏を飼っているので物々交換で手に入れてきたらしい。春から初夏のころに来ると山菜が穫れるので、庭で天ぷらにしたりもする。生きるってこういうこと。

佐賀にいる間、長崎のブルーベリー農園「のんびり山」にブルーベリー狩りに出かけた。のんびり山はこれまた移住のお仕事で友達になった、森山さんという同い年くらいの夫婦がやっている観光農園。羨ましくなるくらい美男美女の夫婦で、いちいちセンスが良く、僕は毎年ここでブルーベリーを摘みながらCMみたいにビールを飲む。去年はコロナで開けなかったから2年ぶり。箱詰めにしたブルーベリーは持って帰って冷凍しておくと数か月は持つ。熊本の米焼酎にブルーベリーを入れてソーダで割って飲むと、旨い。

ふじっちはアスパラの時期(春~夏がシーズン)に、規格外品のアスパラを主に知り合いやご近所さん向けに販売している。本当は大々的にやりたいのだろうが、単身でできることには限りがある。もし、これをお読みの方でアスパラ農家を一緒にやりたいという奇特な方がいれば、和久田まで連絡をいただきたい。ただし、規格外品につき見た目は保証しない。

後日談として、もっくんはこの規格外品アスパラから着想を得て、大学の卒業制作として地元のスーパーなどと掛け合い、実際に滋賀で捨てられている野菜や果物をブランド化するという企画を形にして卒業した。このちゃっかりしているところが辻中家たる所以だと思う。

 

■chapter-2:熊本~鹿児島編

 

佐賀を出て一度福岡に戻った僕たちは、南へ向かう。故郷熊本、、、はいつでも行けるので通り過ぎ、鹿児島・霧島市へ。ここは何年も前にシティプロモーションの仕事を二年間させてもらい、何度も訪れた大好きな街。お茶(霧島茶)の産地としても有名で、元々福岡でデザイナーをしていた友人の杉川さんが「きりん商店」という素敵なお茶屋さんをやっている。きりん商店では彼のスキルを活かして、地元のおばちゃんのつくったお菓子や漬物などをブランド化。有名人なども度々訪れる観光スポットになっている。

霧島は温泉も有名なので、山奥の温泉宿へ。熱い露天風呂につかったあと街に降りて、地元の居酒屋で鹿児島のきびなごやさつま揚げを芋焼酎で流し込む。本当は行きたいおでん屋さんがあったのだが、その日は閉まっていた。コロナの影響で閉めたのか心配したが、今確認したところちゃんとやっているらしい。良かった。「おでんの掌」というそのお店は、地元の人は誰でも知っている名店中の名店で、近所の人は鍋を抱えておでんを買いに来る。また、霧島には鹿児島空港があるので、勤務を終えたCAさんたちが夜ご飯を食べに来ることも多く、相席を狙って何度かチェックインしたが、僕はニアミスしかしたことがない。いつかはタッチ&ゴーでもしたいものである。

最後に、電通九州鹿児島支社の誇るスーパー営業、中園さんのご実家のスナック「RaRa」へ。ここでは市の仕事をしている時、よく飲みに来ていた。中園さんによく似た品のあるママが、僕の愚痴や弱音をいつも聞いてくれていたが、ママはすでに引退して「大ママ」と呼ばれていた。残念だが仕方ない。鹿児島美人に囲まれ、ただひたすらはしゃいでいるもっくんを眺めながら芋焼酎の水割りを飲んでいると、スマホを持ったスタッフさんが近づいてきた。

「大ママからです」

僕が来ていることをわざわざお店の方が伝えてくれ、電話をかわってくれた。正直何を話したのかよく覚えてないが、久しぶりに大ママと二言三言話して、胸が熱くなって席に戻ると、もっくんは僕に一言も断りを入れずに、時間延長をしていた。

 

■chapter-3:宮崎~大分編

 

翌朝、鹿児島を出て宮崎へ。宮崎は2020年のコロナ禍の最中、新しい駅ビルの開業という大仕事をやったばかりだったのだが、ほとんどがリモートでの打ち合わせ+現地での弾丸撮影だったので、遊びに行くのは久しぶり。そのリモート作業を現地で担ってくれた宮崎の誇るプロダクション「ハナビヤ」さんにお邪魔しようとしていたところ、急遽リモートの打ち合わせが入ってきたのでハナビヤさんで部屋を借りる。もっくんには500円玉を渡してどこかで遊んでおいでと言ったらすぐにいなくなった。南国らしくハワイアンレイをして帰ってきたので、ナンパでもしてきたんだろう。夜はハナビヤの愛甲さんとご飯+ジャングル。詳細は割愛するが、そらちゃんは元気だろうか。

翌日は、長い長い日南海岸を北上し大分へ。大分は2015年、これも駅ビルの開業をみんなでやり通した思い出深い地。商店街ポスター展で有名な日下さん(当時関西電通)にもチームに入ってもらい、地元の名店を電通九州のクリエーティブで練り歩き、ポスターをボランティアで作りまくった。今でも何店舗かはポスターを貼ってくれていて、その中でもうちのコピーライター・よねやん(米村拓也)の書いた秀逸なコピーが入り口に飾ってあるいわし専門店「いなせ」で夕飯。いわしの刺身から始まり、いわしのカルパッチョ、いわしの蒲焼き(ご飯に乗せていわし重にすると超絶美味)など、本当にメニューはいわししかないのに、ものすごく贅沢なフルコースを食べた気分になる。そして安い。なんでもここの大将は、毎日数百匹のいわしをさばくうちに、その脂が手に染み付いてしまい、路上で手をかざすと野良猫が寄ってくるらしい。いわしを堪能した後は、大分の誇る歓楽街・都町でどこかのお店に入ったがよく覚えておらず。ただ、もっくんはいまだに女の子からラインが送られてくると自慢げに僕に言う。ちなみにここでも、僕がトイレに立った隙にもっくんは延長をしていた。

 

■chapter-4:エピローグ

 

そんなこんなで、書けばきりがなくリレーコラム史上最長になってしまうかもしれないと思ったので、かなり端折ったがまだまだ書きたいこと・事件はもちろんあった。が、それはまたの機会に譲ることにする。

2022年3月31日。兄の辻中輝は電通九州を卒業し、翌4月1日、同じ顔の弟、辻中基康が入社してきた。

辻中アウト、辻中イン。

人生とは本当に数奇なもので、それから数ヶ月。希望のクリエーティブではなかったが営業として頑張っているもっくんは、社内で「ジェネリック辻中」と呼ばれ可愛がられている。部署を問わずありとあらゆる飲み会に顔を出しているので「辻中5人いる説」が囁かれているらしいが、少なくとも辻中は僕が確認しただけで3人いた。

てるてるが九州を去る直前。辻中達也さんとお母さんが会いに来てくれた。3年間てるてるがお世話になった御礼と、これから、というかすでにお世話しているがもっくんをよろしくということらしい。御礼をいうのはこちらの方だというのに。てるてるたちに限らず、九州には優秀で熱い奴らが定期的に来てくれる。その才能や実績に嫉妬したりももちろんあるけれど、ほとんどが良い刺激になり、ここに書ききれないやりとりの数々は素敵な思い出になり、九州にいるだけでは絶対に得られない新たな経験を与えてくれる。

3月末。よく行く近所の居酒屋にいくと、もっくんとお母さんがいた。引っ越しの手伝いをしに来てそのまま二人でご飯をしにきたらしい。僕を見つけてもっくんが、ちょうどよかった、と目を輝かす。なにがちょうどいいんだ。

「わくさん、僕今から同期会なんで、うちの母よろしくお願いします」

話すのが二度目のお母さんと二人きりにされる。一体どうなってるんだこの兄弟は。しかしもう僕は分かっている。辻中達也さんがレジェンドになり、辻中輝が最高の新人になり、辻中基康が九州に来て今から輝こうとしている。それを作ったのは目の前の小柄で底抜けに明るい女性なのだ。その女性が僕に聞く。

「和久田さんは、電通の中で誰が一番稼ぐと思います?」

え、なんだその質問。わかりませんと答えると、

「わたし」

と、4人目の辻中は笑った。

自分ならなんとかなると思い込み過ぎている、辻中家の悪い癖だ。

やはり、辻中家にはかなわない。

 

――――――――――

 

というわけで、二つ目の旅の話はやはり超絶長くなってしまいました。

そして5日間に渡って、人の家族の話を書き過ぎてしまったので、明日自分の家族の話を少しだけ書いて、バトンを次に譲ろうと思います。もうしばらくお付き合いください。

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