リレーコラムについて

大吉先生

荻原 海里

3年くらい前まで、コンペで賞を獲ることばかり考えていました。
もちろん今でも挑戦は続けていますが、当時は力みまくって血眼になりながら挑むくらいに。

いい仕事とは何か。ということに関してはたくさんの見方がありますが、
いわゆる世の中を動かしているような大きな仕事をするためには、
まずそんな仕事に誘ってもらわなければいけない。
誘ってもらうには、そんな仕事をしている先輩たちの耳まで
自分の名前を届けなけらばならないと思っていたからです。

国内賞ももちろん頑張っていましたが、
僕が入社したのは6年前。時代はヤングカンヌ全盛期。
ヤングカンヌで日本代表になり一気にスターになっていく先輩や同期、そして後輩を間近でたくさんみてきました。
僕は博多華丸・大吉の大吉先生に似ている同期とコンビを組んで、ヤングカンヌに挑戦し続けてきました。
僕たちの挑戦の歴史はまさに、敗戦と絶望の歴史です。

考えても、考えても。悩んでも、悩んでも。
今までの受賞作を先輩に頭を下げて相当な数集めても。
エントリーされた全企画を撮影して印刷し、その傾向とジャンル分けを深夜の会議室でまとめても。
研修やコンペ解説に行ける方が出席して議事録をシェアしあっても。
1年に1回やってくるのは、悔しさと絶望感だけだった。
2019年。やれることは全部やったと思えた年がありました。
国内では結果もついてきていて、応募した企画にも自信があった。
それでも、僕たちはかすりもしませんでした。

僕は、自腹でカンヌに行くことを決めました。
飛行機代と、入場パスで、60万円。
現地には代表として戦う先輩と同期と後輩がいる。
待っているのが絶望だけなのはわかりきっていました。
それでも、行かずにはいられなかった。
カンヌに来れなかった人から自腹でもカンヌに来た人になりたかったから。
背中を押してくれたのは、偉大な先輩たちの「俺も最初のカンヌは自腹だった。」という言葉と
会社の派遣制度を勝ち取ってカンヌに向かう相方の大吉先生の存在だけでした。

海を見て、美味しいものを食べて、美味しいお酒を飲んで、仲間を作る。
そんな本来やるべきことを無視して、毎日地下の企画展示ブースにこもりました。
来る日も来る日も。フィルム部門はショートリストから全てを観てメモをとりました。

その年、先輩たちはヤングカンヌで日本一になりました。僕たちの目の前で。
受賞する先輩の姿に、僕は泣きながらシャッターを切っていました。
悔しい。情けない。来なければよかった。心が折れそうになってしまった。
でも、隣には同じように一言も発さずにシャッターを切る大吉先生の姿があった。
あの時の悔しさと、羨望を僕は一生忘れないと思います。

広告クリエイターの世界はお笑いの世界に似ていると思うことがあります。
大会で優勝し名をあげ売れていくこと。
面白い先輩たちがひしめく世界で自分がどう目立つか葛藤すること。
何か1つで抜けだせる夢と可能性を秘めていること。
正解はなく、世間に認められたらそれが正解になること。
そして、喜びと絶望を共有できる相方のような存在があるからです。

コンペは辛くて、ムカつくことばかりです。
休日を潰して、運にも大きく左右され、ほとんどの場合何も残らない。
たとえ受賞できたとしても、生活や仕事は変わらないかもしれません。
でも、きちんとグランプリをとってから、こんなのとる意味なかったなと叫びたい。
そう思っています。

 

 

明日、人生ではじめて結婚式でスピーチをします。
新郎は僕の相方、大吉先生です。

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