リレーコラムについて

今夜はカレーライスをつくろう。

正樂地咲

2025年6月28日(土)
近所のスーパーへ夕飯の食材を自転車で買いに行くところだった。
まだ陽のある時間帯。私は大きな横断歩道を渡っていて、
右折する自動車と衝突した。

私が負った傷病は、頭部打撲、右眼窩底骨折、両側肺挫傷、両側気胸、
両側多発助骨骨折、仙骨骨折、胸椎棘突起骨折、腰椎横突起骨折、左足関節骨折。

衝突の瞬間から2週間、記憶はほぼない。
記憶なき2週間で行われた手術は2回。

1度目は7月1日に仙骨、2度目は7月8日に左足首。
いずれも骨を金属で接合するものだった。
この2週間、私は、わざと眠らされている状態にあった。
肺を強く打っていて、運び込まれてからずっと人工呼吸器で息をさせてもらっていた。
人工呼吸器は喉の奥まで管を通すので、それは強烈な痛みらしく、
その痛みを緩和する麻酔によって昏睡状態にあるということらしい。
1週間と少しで自発呼吸ができるようになったため、そののち呼吸器ははずれ、
並行して投与されていた麻酔も弱められ、3日間ほどかけ、徐々に徐々に、
意識が回復していった。

この3日間、私は「せん妄」と呼ばれる状態にあった。

初日は普段の自分に近かったような感覚で、すぐにでも仕事に戻れそう、
私は大丈夫だ、と親に主張した。入院後、初めて、病院食が出され、
飲み物は4種類ほどある中から選べた。「私は豆乳が好きです。」と答えた。

ところが2日目。私は赤ちゃんになった。
ナースコールを舐めた。自分の髪の毛を口に運んだ。
何かしら食べ物を指でこねて遊び、お箸で食べなさいと看護師さんにしかられた。
見舞いに来た母が「先生、ちょっとなんか赤ちゃんみたいなんですけど。」と
慌てていたが、当の私は「え?赤ちゃんですけど何か?」と思っていた。

そして3日目。打って変わって大暴れ。
入院している病院に悪い人がやってきて、今から火をつけてまわるという。
その様子はネット上で生配信されている。
私が眠っているベッドにも火がつけられた。
そこへ両親がやってきた。生配信を見て、心配になったという。
これは、現実世界で見舞いに来た親が、私の幻覚に侵入してきた形だ。
幻覚の中で、親に必死に来るな!来るな!と訴える、
つまりは、実際に見舞いに来た親にも来るな!と言うこととイコールで、
目の前の娘が火事だ!来るな!逃げろ!と大声を出し、
ベッドからおりようと暴れていることになる。

この時点の私は、胴体には拘束具がつけられ、手にはミトン。
いろんな線を引き抜かないよう対策が取られていた。

そして次の日、急に本来の自分を取り戻した。
ロボットのonのスイッチがカチッと入ったように「!」となり、
もう幻覚は見なくなった。ただ、その時の私は初期設定。言語が標準語であった。
しばらく看護師さんとリラックスして喋っている時にふと関西弁が戻ってきた。
「そんなんとちゃうんです。」そうか私は関西人やった。
その後「看護師さん朝まで働いて。体あんまり無理せんと。て、誰が誰の心配しとんねん。」
と長文のノリツッコミが飛び出した時に、あぁ、本調子やなと感じた。

その数日後、私は何をしたかというと「投票」である。
世は参議院議員の選挙。私の枕元に立っているのは、選挙管理委員会の女性2人組。
「参議院議員の選挙です。投票お願いします。」と手渡された封筒を開くと、まずは選挙区。
支持する候補者の名前を記入せよとのこと。
鉛筆を握るも、私、文字とか書けるのか。漢字も書けた。
そして安心していると「封筒いただきます。続いて比例代表です。」とのことで、
私は病院のベッドの上からパジャマで投じた。
これは私が病院に運ばれた際、親への確認のひとつに選挙のことが含まれていたらしく、
母親が「するんじゃないでしょうか。」と答えたために起きた出来事であった。

2026年2月8日(日)
世は衆議院議員の総選挙。
投票会場は今の私の足で自宅から歩いて15分くらい。
明日が当たり前には来ないことを知ってしまったから、
一国の未来なんて誰が約束できるんやろうかと思う。

今夜はカレーライスをつくろう。
そんな約束さえ、あっさり破ってしまえるのに。

NO
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