リレーコラムについて

ボーリング

廣瀬泰三

ボーリングが好きだ。

プライドとここで書けないようなものを賭けて、小学校以来の友人4人で戦っている。
大学時代から盛り上がり、社会人になると悪い意味でエスカレートした。

10ゲーム以上やることも頻繁になり、そのボーリングの戦いを「きちボー」と名付けていた。
この「きち」は「釣りキチ三平」のそれと同義である。

元凶はTくんだ。

20代半ばの時、彼はこう言った。

「30歳なったら30ゲームやろうぜ」

メンバーは苦笑いをした。いくらなんでも狂ってる。
でもTくんの目はビー玉のような光を放ち、真剣そのものだった。

全員が30歳になったゴールデンウィーク、我々はボーリング場にいた。

結論から言うと、30ゲームした。

15ゲームを過ぎたあたりだろうか、
周りのお客さんたちは和気あいあいとハイタッチをしながら楽しんでいるのに、
我々のレーンだけ、ピリついた緊張感の中、黙々と投げ続ける姿が異様に映ったのだろう。
ボーリング場のスタッフが来て怪訝な顔でこう言った。

「うちは投げ放題のコースはないですが、大丈夫ですか?」

ため息が出た。
そんなことは百も承知だ。
ゲーム代もちゃんと持ってきている。だから勝負に水を差さないで欲しかった。
全員レーンの先で倒れるピンをジッと見つめながら「大丈夫です」とだけ答えた。

そして、29ゲームが終わった瞬間、メンバーのMくんが悲痛な声でこう言った。

「ごめん・・・もう無理や、これ見て」と手の平を見せてきた。

右手の中指と薬指の付け根から流血している。

体を傷つけてまですることではないよな…というみんなの思いと少しの静寂を感じた後に、
Tくんはまたビー玉のような目でこう言った。

「左手あるやん」

5分後、左手でボーリングをするMくんがいた。
見事30ゲーム戦い抜いたのだ。
本当に疲れた。

失ったものは、
ゲーム代の2万円と右足の親指の爪。
(投球時に全体重が親指にかかり、それを600回ほど繰り返すと
爪は根っこから音もなくとれることになる。その後普通に生えてきた。)

得たものは、ない。

 

話はここで終わらない。

その30ゲームやった帰り道に、Tくんのビー玉のような目がまた光った。
そして信じられない言葉が出た。

「40歳の時は40ゲームやな。」

みんな聞こえないフリをした。幻聴かな?とも思った。

・・・長くなるので、結論から言う。

40歳の時、40ゲームやった。

嘘みたいだが、事実だ。
失ったものの大きさは30歳の時の比ではない。
この日以降、腰を痛めたMくんは整骨院に通いだしたし、
Aくんの右手の中指は少し曲がり、まだ元に戻っていない。

さすがにここで物語は完結したと思って暮らしていたが、
気づけばあと数年で僕らは50歳を迎える。

先日スマホが鳴った。
Tくん発で、急に新しいLINEグループが作られたのだ。

その名は「きちボー2027」と記してあった。

甲子園には魔物がいると言うが、ボーリング場にもいる。

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