リレーコラムについて

ベトナムの夜

水本晋平

その日僕は、

全身アロマエステを、初めて体験していた。

 

場所は、ベトナムの5つ星ホテル。

いい匂いがする個室で、

ヒーリングミュージックが流れる中、

明るいお姉さんが、テキパキと施術を進めていく。

 

気持ちよくて、うっかり寝そうだったが、

ここは慣れない異国の地。

帰国の飛行機の時間も迫る中で、

なんとか眠らないように、

この1週間の旅を振り返っていた。

 

旅の目的は、カンボジアであった。

どうせなら大学時代にしか

行かないような場所に行こう。

そんな理由で、カンボジアが選ばれた。

 

男友達3人。

昼はアンコールワットを観光し、

夜はカンボジア料理に舌鼓打ちながら、酒を飲んだ。

 

カンボジアはとにかく物価が安かった。

ビールは1瓶0.5ドル(当時40円)で、

5つ星ホテルでも1泊4000円程度。

観光都市として確立しているシェムリアップは、

とても過ごしやすい街であった。

 

そんなシェムリアップの目抜き通りには、

飲み屋の数と同じくらい、マッサージ屋があった。

 

アンコールワット観光は、とにかく歩く。

広大な敷地に、おびただしい数の階段。

しかも、死ぬほど暑い。

昼の観光で、疲労のピークを迎えている観光客を

目当てにしているのだろう。

どのマッサージ店も、大繁盛だった。

 

僕はそれまで

マッサージに行ったことはなかった。

父親の背中を踏んだり、母親の肩を揉んだり。

することはあれど、されるのは、

もっとおじさんになってからだと思っていた。

 

しかし、例に漏れず、

マッサージ店の値段も超安価。

疲れた体を労わるべく、

僕らはシェムリアップにいる間、

毎日マッサージ店に通った。

 

フットマッサージと一言でいっても、

店や人によって、内容は様々。

マッサージの一期一会の面白さを

初めて覚えたのだった。

僕たちは、完全にマッサージに、はまっていた。

 

カンボジアから日本への直行便は少ない。

僕たちは、経由地のベトナムで1泊し、

旅の最後の1日を、ハノイで過ごすことに決めていた。

 

最終日。

飛行機は夜だったが、昼間の観光で汗だく。

機内に乗り込む前に、シャワーを浴びたい。

チェックアウト済みだったこともあり、

一人がホテルのSPAにいくか、と言いだした。

 

最初は何のことかわからなかったが、

その場所に到着してすぐにマッサージのことだとわかった。

アロマを使った全身マッサージだと、

最後にシャワーを浴びられる。

旅の疲れもとれて、一石二鳥だった。

これなら両替済みの残っている金も、使い切れる。

 

ベトナムも物価は安く、

その店の値段も大して高くはなかったが、

カンボジアのマッサージ店に比べると、

明らかに高級な香りがした。

初めて体験するその雰囲気に、僕は少し緊張していた。

 

しばらく待たされた後、

担当のお姉さんが順番に登場した。

僕の担当は、小柄で可愛らしい女性。

もう1人は、背が高く、すらっとした美人。

そして、最後の1人の担当は、小錦みたいな人だった。

 

小柄な女性に個室に誘われ、

ベッドの上で90分の全身アロマエステが始まった。

1週間の旅の疲れが取れていく。

夢み心地で80分ほど過ぎた頃だろうか。

女性が、ぼくの耳元で囁いた。

 

「スペシャルマッサージ?」

 

急に目が覚めた。

カタコトの英語だったが、

オプション的な何かを勧められていることは、

反射的に理解できた。

 

「How much?」

 

スペシャルマッサージには、大変興味がある。

マッサージ初心者なので、内容こそ知らないが、

このタイミングでこの言い方、いいことには決まっている。

しかし、相場がわからない。

旅の金は、このマッサージの基本料金で使い切る想定。

財布に残っている現金はほとんどない。

まずは値段を確かめなければいけない。

 

すると女性はこう切り返して来た。

 

「How much?」

 

言い値で、ということなのだろうか。

しかし、相場がわからない。

見当はずれの数字を言って、恥をかきたくない。

 

「How much?」

 

もう一度聞いた。

しかし、返す刀で女性はこう返事した。

 

「How much?」

 

ベトナムで初対面の女性と繰り広げられる

How much合戦。

 

もう一度How much?と聞く前に

冷静になって、考えた。

ない金は出せない。

ここで張り合ってもしょうがない。

意を決して、答えた。

 

「5ダラー」(400円)

今思えば、なかなか勇気ある一言だったと思う。

 

すると、女性はパッと笑顔になり、

「OK!スペシャルマッサージスタート!」

 

そう言って、

全身コースには含まれていない

「ヘッドスパ」を始めてくれたのだった。

 

 

友人の担当だった、小錦似の女性は、

見かけによらず、力が弱いマッサージだったらしい。

空港までの道中、ずっと文句を言っていた。

 

5ドルのオプションのヘッドスパは、一体なんだったのか。

あの5ドルで、女性は何かおいしいものでも食べるのだろうか。

500ドルといえば、もっと違う展開が待っていたのだろうか。

 

ぼくは友人の文句を上の空で聞きながら、

ずっとそんなことを考えていた。

 

日本に帰国後、

たまにマッサージに行くようになったが、

スペシャルマッサージのお誘いにも、

あの夜ベトナムで体験した

ヘッドスパを超えるヘッドスパにも、

僕はまだ出会っていない。

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