リレーコラムについて

ホームラン王

早坂尚樹

あれは、中学2年生の夏だった。
その日、僕らバスケ部は試合前のアップをしていた。

大会が近いこともあり、士気は高かった。
チームには僕のほかに、もう一人背の高い子がいて、二人で、ゴール下を支えていた。

その子とは部活以外でもとても仲がよく。いつも一緒にいた。
よく仲間を笑わせる人気者で、その人柄から、みんなに愛されていた。
僕にとっても、いちばんの相棒であり、親友であった。

すると、アップ中、そんな彼が僕の近くによってきた。
練習試合とはいえ、試合開始10分前。会場には、緊張感があった。

彼は暗い顔して、僕の耳元で、囁いた。
「すまん、今日試合には出られないかもしれない。」

何事かと思った。もし彼が本当に出れないのだとしたらチームにとってはかなりの痛手。
彼はもともと足首を痛めていたし再発したのかもしれない。
そう思い、僕は心配して彼にどこか悪いのか聞いた。

すると、彼からは意外な答えが返ってきた。
「ちょっとアソコの様子がおかしい」
僕は耳を疑った。そして聞き返した。
「アソコ?」
「うん、アソコ…。」
でかい体を小さくしながら、彼は恥ずかしそうにいった。
しかし、どうしたことだろう。
彼も原因はわからないという。当然思い当たる節もなさそうだ。
少しニヤニヤとする僕をよそに、彼の顔はどんどんと深刻そうになった。
よく考えたら、当然だ。彼にとっては、練習試合なんかより、人生の勝敗が今決するのかもしれないのだから。
とりあえず、チーム全員に伝えるのもかわいそうだったので、足の具合が悪いということで、ひとまず今日の試合はでないことにした。

そして、試合は始まった。当然、試合をよそに彼は深刻そうな顔をして、ベンチに座っていた。
ハーフタイム、容態が心配になり彼の様子を見ると、彼は顧問の先生に、本当に思い当たる節がないか、問いただされていた。

中学二年生。まさかとは思うが、顧問の先生は教師として心配していたのだろう。
彼は、恥ずかしそうに、経験はありませんと否定していた。

当然、試合は、主力抜きだったこともあり、負けた。
そして、落ち込むチームメイトたち以上に、暗い顔で彼はその日コートを後にした。

後日、学校で彼に会うと、その後病院に行ったという。
状態を聞くと、彼は恥ずかしそうに答えた。

「…かぶ…かぶ…」
「え?」
「かぶれてた」

医者曰く、洗濯用洗剤が流れずに、パンツに残っていて、炎症をおこしていたそうだ。
僕は腹を抱えて笑った。そんな僕を、まだ状態が良くない彼は、ぎこちない足取りでおいかけてきた。

その日から、彼のあだ名はカブレラになった。
日頃から笑いのヒットメッカーであった彼は、名実ともにホームラン王になったのだ。
そして、なぜかそんな不名誉なあだ名にも関わらず、
バスケ部でありながら、野球好きで熱狂的な広島ファンの彼はまんざらでもなさそうだった。

そして、夏の大会、バスケの試合中に、カブレラという野球選手の名前を呼ぶ声が飛び交い、
相手チームに若干の困惑を残しながら、僕らの予選敗退が決まった。

それから15年ほど経つが、彼とは今でも仲良い。
年末には必ずといっていいほど会い、昔話に花をさかせている。変わらず彼は人気者なのだ。

この間、久々に会うと、何やらまた調子が悪そうにしていた。
まさかと思い、聞くと今度は、尿管結石になったという。
つまりながらも、彼は相変わらず、どデカイ笑いをみんなに届けてくれた。
やっぱり彼は、神っていた。

 

 

 

※この物語はフィクションです。

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