リレーコラムについて

わがカネボウ破綻!

名雪祐平

2019年晩夏。元カネボウ会長Nさんの通夜へ。
祭壇には、慶応ラグビー部のジャージ。NさんはOBだった。100kg超の巨漢。明るく豪胆、人情味があって、話がとてもおもしろい人だった。

2005年1月、凍てつくストックホルム郊外の屋敷に、Nさんとぼくはいた。

(粉飾決算の泥沼から抜け出せず、巨額の債務超過に陥ったカネボウは、2004年に産業再生機構入り。役員総退陣、上場廃止、社長や副社長逮捕。そんな壮絶な状況で、新しく経営者に抜擢されたのがNさんだった。カネボウ生え抜きの当時54歳)

ぼくは、カネボウ再生のための新経営理念体系「しるし」を書き上げていた。Nさんら、新経営陣と激論を繰り返し、策定された理念。「しるし」をもとに、どう困難な経営を進め、復活を目指すか。知見を高める北欧出張だった。

ストックホルムの屋敷は、I社という知的資本コンサルティング会社の研修施設で、さまざまな仕掛けがあった。
印象に残ったのは、3つの壁時計。

◯ 世界時計(自然、市場)
◯ 個人時計(感性、知性)
◯ 組織時計(会社、政府)

時間は、世界がいちばん先に進み、個人が続き、最後に組織が遅れていく。(ちかごろのコロナの一連の動きはこの通りに進んでいると思う)
個人時計と組織時計の時間差が大きい会社ほど、時代遅れになる。Nさんがつぶやいた。
「カネボウ時計は遅れるどころか、故障中だ」

それから15年、いまカネボウ時計はクラシエ時計になって動いている。個人時計にどれくらい近づけたかはわからないけれど、経営理念は生き続け、時計の針を進めている。
理念を書くとは、もしかしたら100年使われる言葉をつくること。ぼくが死んでも、言葉は生き続ける。冥利に尽きる。

その頃の仕事は順調だったが、リクルートを辞めた直後は、とてつもなく暇だった。フランスワールドカップのテレビ中継を飽くほど観ていた。夏の甲子園、横浜高校・松坂大輔の伝説の準々決勝・準決勝・決勝を観ていた。

それでも楽観的で、暇なくせに「来年から松坂投手の年俸と、こっちの売上高と勝負だな」とか考えた。馬鹿か。
21年間通算で、名雪投手の4勝17敗。勝つ年は僅差。敗ける年は大差。メジャー時代は10倍差。今年は敗けないぞ。
松坂が現役であることに感謝。同時に、自分も廃業せず、フリーランスでよく生き残ってこられたと思う。

毎年1月15日は、経営理念を策定した当時のカネボウ経営陣と、現役のクラシエ経営陣で「しるしの会」が催され、ぼくも招待いただく。
今年は、みんなでNさんを偲んで黙祷、献杯から始まった。Nさんの人柄のように明るく楽しく、屈託なく話せる会になった。Nさんも、きっといたな。

(最終回は、わが新型コロナ危機!)

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