リレーコラムについて

きっと読まれないお手紙

今井容子

Fさん、Aさん。
1年間の新人研修を終えたあと、
私はおふたりのトレーニーになりました。
おふたりの下で過ごした3年間を思い出すと・・・

かなり長めの雑談
→ 打ち合わせ開始
→ 考えてきた企画出し
→ 選ばれた企画を壁に張り出す
→ あと1〜2案、なんかない?
→ ということで、再度企画
→ まとまらなくなってくる
→ 「やる気待ちです!」と言い合う
→ 決定的にまとまらなくなってくる
→ Aさん、いらだちでペンを机に投げたりもする(Aさん:元野球部ピッチャー)
→ いらだちなどを紛らわすため、お弁当
→ 人の心を動かすとは?という考察タイム
→ Fさんの提案により『北の国から』の名場面をおさらい
→ 一同号泣 (疲れているので、全てが沁みすぎる。)
→ 涙をこらえながら、必死に企画
→ 「空気が重い」と誰かが言う
→ しんみりした空気を吹き飛ばすため「ボケて」でブレスト
→ 笑いが止まらなくなる
→ レッドブルの差し入れ
→ 「ボケて」を活用したブレストがヒートアップ!!!
→ 何をしているのか、わからなくなる
→ いろいろ、よくわからなくなってくる
→ 深夜
そして、朝へ

競合プレの前などは、たいてい
この一連の流れを日々繰り返しており・・・(過去の話です)
頭が痛いというか、胃が痛いというか、胸が痛いというか、
色々痛いです。

だけど。そういう打ち合わせが、
最後の最後には「渾身の」という言葉がぴったりの提案書に集結し、
それをプレゼンするおふたりを隣で見ているのはとても誇らしい気持ちでした。
クライアントさんが喜んでくれるのも嬉しかった。

Fさんの企画は、いつも狂ったように面白く、
Aさんのコピーは、いつもまっすぐビシッとしていました。

眠ることも帰ることもままならなかったけれど。(過去の話です)
どういうわけか楽しかった。そう、私は楽しかったんだなぁと
今になって思います。

ツラかったけど。
(プライベートというのがほぼ消滅したのがツラかったけど。
夜中ふたりが綺麗なお姉さんたちのお店に遊びに行くのを、
なぜなのか私にバレないように敢行するのを、
気づいていないフリをしなくちゃなのがツラかったけど。
それから、タバコの煙がツラかったけど。)
楽しかったです。

ハイテンションの文化祭がずっと続いているような。
そこには働く大人の勇ましさも、弱さも、孤独も、
悲しさもあって、すべてが新鮮で、刺激的で、
めまぐるしく、楽しかったです。

最近は、会社の方針や仕事の仕方も色々変わって。
それが良いとか、悪い、とかではなく、
あの頃のことは、ただただ懐かしいです。
2010年に入社して私ももう10年目です!
びっくりです。

おふたりと一緒にする仕事もすっかりなくなりましたが。
今でも、ふとしたときに。Aさんだったらどうするのかな?
Fさんだったらどうするのかな?と立ち止まる自分がいます。

おふたりの下から離れたあと、
いろいろな素晴らしい出会いがあり、
たくさんの方に大変にお世話になっています。
その始まりがFさんとAさんだったんだなぁと思います。

今になってこそ、分かることも色々あり、
恥ずかしさと申し訳なさで、縮みあがります。
すみませんでした。ありがとうございました。

「もともと人との会話が得意で上手な人が
わざわざコピーライターになんてなるわけない」というのは、
どこかで読み、ものすごく共感し、励まされた言葉ではありますが。

こういう気持ちを、直接、お話しにいこう!という選択肢を
どうしてか避けてしまうところが、あの頃と、あいも変わらず
私のダメなところです・・・。

Fさん、Aさん。
おふたりのおかげで、私は今も楽しくすごしています。
ではでは。

NO
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