リレーコラムについて

はじめて「おもしろい」と言ってくれた人

早坂尚樹

入社から3年、
おもしろいと言われたことがなかった。

今思えば、たったそれだけの期間で、
何を言っているんだって話だが、
当時はとても長い時間のように感じていた。

つまらない。
うーん。
ノーコメント。

説明の途中で、人が部屋から出ていくこともあった。

普通って罪だからねと言われ、
あぁ僕は罪を犯しているんだとも思った。

何時間もかけて考えたものが、
一瞬で紙屑になる毎日の繰り返し。

自分が考えたものが否定されることは、
自分が否定されるかのようで苦しい。

周りはどんどん活躍する。
悩みすぎて、悩むことさえ疲れた。

だから最後に、1万時間の法則を信じてみることにした。

企画1万時間。そこに最短でたどり着くために
“打ち合わせに誰よりも企画を持っていく”
というルールを決めた。

そこから、少しずつ物事は好転し始めた。

つまらない若手は相手にされないが、つまらなくても、誰よりもがんばる若手は、噂にはなる。

あいつはガッツがあるやつだ。ま、つまらないけど(笑)と、言われるようになった。

そして、とある打ち合わせで、
いつものように、たくさん企画を考えていった。

するとその人は、笑いながら言ってくれた。

「おまえ、おもしれぇな」

今でもその瞬間を、はっきりと覚えている。

当然、案がおもしろかったわけではない。

こんなにたくさん考えてくるなんて、
おまえ変わってておもしろいな
くらいの意味合いだったのだと思う。

でも、うれしかった。

間違ってなかったんだ。
考え続けてればいいんだ。
世界に光が差した瞬間だった。

僕に、はじめておもしろいと言ってくれた人。

その人は、篠原誠さんだった。

そこから、すべてが動きはじめた。

遠足を楽しみにする子どものように、
打ち合わせの前日はワクワクするようになった。

いくつか仕事を一緒にさせていただくようになり、
篠原部の部員にもなった。

たくさん考えていくと、いつだって篠原さんは
「多過ぎだろ〜」といいながらも
ひとつ一つ、ちゃんとコメントをして、
どうするとよくなるかを教えてくれた。

年次が上がった今なら、
これがどれだけ手間なことで、
人格者でなければ難しいことか分かる。

しかも、まさに時の人。
知る限りあれほど忙しい人を見たことがない。
それでも、真剣に向き合ってくれた。

まさに恩人だ。

それに、人間としても、かっこよかった。

偉ぶらない。
スタッフの家族のことまで配慮する。
そして何より、その人柄で
打ち合わせはいつも明るかった。

「倒れるときは前のめり」
そう言って、篠原さんは大変なときでも、
最前線に立っていた。

だから、CRチームだけじゃなく
すべての人から、好かれていたのだろう。

しかも、アニキ肌で、
みんなをモチベートする天才だった。

後輩より才能がないと落ち込む僕に
「お前、がんばれんじゃん。才能あるよ。がんばれるって才能だぜ」と言ってくれた。

結果が出ないとうなだれる僕に
「勝負は10年目だからな」と言ってくれた。

現時点で負けていたとしても、この先勝てばいいと、
いつでも長い目で見てくれていた。

先輩だから。後輩だから。はなく、
案に対して、いつもフェアだった。

仲が良いからといって仕事に誘うわけではなく、
努力する人かどうか、いつだって見てくえwrうぃr。

他にも、ここには書ききれないくらい、
仕事をする上で大切なことを背中で教えてくれた。

そんな篠原さんに、
いつか結果を残せたときに、
恩人だって書きますね、と言うと
「おいおい、いつになるんだよ」と、うれしそうだった。

4月から、僕は12年目。

約束の10年目は過ぎてしまいましたが、
少しずつ、結果が出てきました。

きっと「まだまだだな」って、笑うと思いますが、
また企画見てください。

NO
年月日
名前
6056 2026.03.03 早坂尚樹 はじめて「おもしろい」と言ってくれた人
6055 2026.03.02 早坂尚樹 矛盾
6054 2026.02.20 瓜谷優紀子 コピーライターになりたい
6053 2026.02.19 瓜谷優紀子 お笑い芸人になりたかった
6052 2026.02.17 瓜谷優紀子 アイドルになりたかった
  • 年  月から   年  月まで