リレーコラムについて

1時間がちょうどいい

佐藤朝子

ビッグフェイスの森田一成さんからバトンを受け取りました、電通6CRPの佐藤朝子と言います。
森田くんのコラムにもあるとおり若い頃は勢いだけで書いていましたが、

理想と現実。


最近はだいぶ落ち着いた文章を書くようになりました。
と言いたいですが、いまだコンテにすぐ「〜〜!!!」とか書いちゃうので、治らなさそうです。
CMを作り始めた初期の頃からずっと、普通のことを大きな声でいう企画が好きなんですね。

さてさて、久々のTCCリレーコラムですが、1回目は森田くんとの思い出を書きたいと思います。
中年の昔話です。お時間に余裕のある方は読んでください。

森田くんは、私の夢を叶えてくれた人です。
我々は同い年で、TCC新人賞の同期でもあります。二人とも、少し遅めの受賞でした。
出会ったのは今から20年くらい前、平井堅の「瞳をとじて」とかORANGE RANGEの「花」とかが
流行っていた頃です。
森田くんはラジオ制作会社ビッグフェイスの若手で、私は電通関西CRの若手でした。
今、彼はビッグフェイスの社長になって、東京行っちゃって、
私は6CRPという名前になったかつての関西CRでCDをやっています。

あの頃二人で、いろんな実験をしました。
サンボマスターやボニーピンクなど、個人的に会いたいアーティストをお呼びして喋ってもらうラジオCMとか。
うまくいったのかいかなかったのか分からないけど、楽しかったです。
ある時、当時のビッグフェイス社長のご厚意で、1時間のラジオ枠をいただきました。
なんでも好きなことして良いとのこと。
私が企画者で森田くんがプロデュースとディレクションで、2人で番組を作ることになりました。
多分、入社して4〜5年目くらいだったと思います。そこで、私はずっとやってみたかったことを申し出ました。

ひとつは、うちの母親が少々変わった人なのでそれをコンテンツにできないか?というもの。
母と私と弟の3人で佐藤家についてしゃべる30分の家族ドキュメンタリーを作りました。
我々がダラダラ喋った内容を森田くんが何度も細かく編集してくれて、それなりに聴けるコンテンツに仕上げてくれました。

そしてもうひとつ、残りの30分用に、西成夢子という架空のアーティストによる架空の音楽番組を作ったんです。
そこで私は、作詞作曲そして歌うという、ずっとやってみたかった夢を叶えました。
音楽が好きで、歌うのも好きで、大学で軽音サークルに入ってバンドやったりもしてたんですけど、
自分は曲を作るとか人前でライブをするとかはできない人間なんだと思い込んでいたんです。
でも電通に入れて、クリエイティブ職につけて、「企画する」という技を覚えて数年経った時だったので、
「自分じゃない誰か」を設定して企画として曲を作れば、詩も曲もするする書ける!ということに気づきまして。
作曲も初めてだったんですけど、「西成夢子=昭和歌謡を歌う人」という企画があったので、
企画に沿うことでメロディーもコードも作ることができました。
で、森田くんが中島光一さんという素晴らしいアーティスト/アレンジャーに出会わせてくれて、
森田・中島・西成夢子の3人でわいわい言いながら5〜6曲、仕上げたのでした。

それからしばらくして、ヒザさんという今はDADANというプロダクションを率いている人が
個人のお金で音楽フェスを開催すると言い出し、そこにアーティストとして招待いただいて何度か歌ったり、
音楽バーみたいなところに呼ばれて歌ったり、自分でライブ開いて歌ったり。
映画の挿入歌になったり、FMラジオで曲を流してもらったこともあったりで、何年か西成夢子の活動を続けたのですが、
仕事もあるし子育てもあるし、あと満劇という社会人劇団で演劇もやってるし、満劇の派生で生まれた別のバンド
「無責任人妻フォークユニット:ラムファン」でもライブ活動したりとかで、なんやかんや忙しくて、西成夢子の活動は
やがて下火になり、消えてしまいました。
ちょっと色々やりすぎましたね。どうかしてました。
そんなわけで、私は森田くんのおかげで音楽をやるという夢を叶え、
それから仕事でもちょくちょく曲を作るようになりました。
歌は、のどの筋肉がすっかり衰えて最近は全然歌えなくなりました。

10年くらい前にトイレのラジオCMをがっつり一緒にやって(それもめちゃくちゃ楽しかった)以来、
森田くんと会うこともなくなって、1年に数回チャットするくらいの仲になりました。
気がつけば彼はTCC賞獲るくらい立派なコピーライターになってました。
今回リレーコラムの連絡をもらった時たまたま私が東京にいたので、帰阪する前に森田くんの事務所に
お邪魔して、めちゃくちゃ久しぶりにリアルで会って、みっちり1時間、二人で喋り倒しました。

最後東京駅まで一緒にタクシーに乗ったのですが、別れ際森田くんが、
「いや〜1時間、ちょうどいい長さですね」って言ったんです。
一瞬「ん?」って思ったけど、ああ、ほんとにそうだな、と。
私も森田くんも、若い頃から社交的だけど社交にエネルギーを使うタイプで。
私は誰かと会った後、その人がどんなに仲の良い人でも、別れたあとに色々反芻して心が落ち着かなくなります。
楽しかった時ほど、交感神経が興奮しっぱなしでなかなか降りてきてくれなくて辛くなったりします。
森田くんはどうなんかな。今や立派な社長やし、もうそんなタイプじゃなくなったんかな。
でも1時間でちょうど良いってうっかり言うてたからな。あれ本音やでな。
心配性やし、あの後色々思ったんかな。そうでもないかな。社長やしな。
また数年後、1時間だけ会って、直接聞こうかな。

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