ロケ中に絡んでくるおじさん
現実に対してコンプレックスがある。なぜなら、現実が一番面白いからだ。
だからリアリティとか、普遍性といった言葉を駆使して、いつもそれに迫ろうとしている。
自分の作るものは所詮、自分の想像力を凌駕することはない。でも現実は、いとも容易く、しかも唐突に、フィクションよりよっぽどアナーキーで、強度のある事象を突きつけてくる。やってられなくなる。
現実の象徴のひとつとして「ロケ中に絡んでくるおじさん」が存在する。好奇心や老婆心、孤独、怒りなど、様々な動機で絡んでくるおじさんの織りなす言葉は、いつも一定の”凄み”があり、誠に勝手ながら、マジで勝手ながら、その方の”集大成”と受け取りたくなることがある。
昨年の3月の頭。まだ肌寒い季節。
横浜外国人墓地の近辺でロケをしていた時のことだった。
車道を挟んだ反対側の歩道に、外国人墓地を背負う形でその人はいた。「自転車に乗った状態の」「浅黒く日に焼けて」「ピチピチの短パンを履いた」「健脚の」「おじいちゃん」が「笑いながら」こちらを見つめていた。
その人はほどなくして、若い女性のPMの方に声をかけた。
爺「撮影?」
PM「そうですね」
爺「俺、いくつに見える?」
PM「あー・・・・・・ろくじゅう・・・・さん?」
爺「75!」
ここまでは想像にたやすい。静観できる。
PM「えっ!お若いですね」
爺「見えないでしょ」
PM「はい」
爺「俺が出たほうが早いよ」
・・・・・・・・・・・・・!?
PM「はは、そうですね!」
爺「うん」
・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・
爺「うん」
・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・
え、マジでこの方を出演させるのか・・・?という、緊張感が現場に走る。
PM「はは、ははは・・・・」
・・・・・・・・・
爺「うん、ま、じゃあ・・・・・」
おじいちゃんが、自転車のペダルに足をかける。一同が安堵した。
爺「最初から最後まで頑張れよ」
この言葉は、真に迫るものがあった。
自分は最初から最後まで、頑張れているのだろうか。
小慣れてしまって、ところどころ気を抜いていないだろうか。サブキャストの持っているスマホケースの色とか、注釈の級数とか、急遽作られることになった縦型ver.のフレーミングとか、「こういうことですよね~」で済ませていないだろうか。全てを見透かされるのと同時に、発破を掛けられたような気がした。
ありがとう、浅黒いおじいちゃん。
俺、最初から最後まで、頑張るよ。
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