リレーコラムについて

バナナ

市川晴華

「中学生で広告業界を目指した」と、
初日に書きましたが、
就活では「志した早さ」が特に加味されないのです。
あまりに厳しかった。
エントリーシートでほぼ全滅、面接にすすめたと思ったら即ダメで、
おそらく計50社は落ちました。
修羅の道です。この先に進めた人なんているのか..?と思っていましたが、
同世代の代理店の人々は存在しており、
いったいどうやって…と今でも聞きたい気持ちです。

業界で「プロパーです」とおっしゃる方に出会うと、
周りにキラキラの光が見えます。
あの天文学的な確率を制した人なのだ…と。
熱帯雨林を進み、たどり着いたのだ..と。
さすがに内定時はガッツポーズしたのかなとか、想像してしまいます。

1つだけ覚えてる面接があります。キャンペーン景品を作っている会社の面接でした。
「最後に一言ありますか?」
と聞かれました。
富山から夜行バスで東京に通う生活に疲れていたのでしょう。
今回も多分ダメだろうなと思い、適当なことを喋りました。
「さっき、お腹が空いたのですが金欠でご飯屋さんに入れず、スーパーでバナナを買って、公園のベンチで食べました。
ひょっとして、これこそが「東京バナナ」だろうかと、ふと思いました。以上です」
静まりました。怖かったです。
「最後に一言」のコーナーで喋るにはポエムすぎたかもと思いました。
でも、その面接は初めて通りました。

面接って普通に喋って良いんだ、と思いました。
マニュアルを覚えてくるとか、自分をよく見せようとか、そういうのじゃないんだなぁと。
でもこれはプレゼンでも言えますよね。
用意してきたことを丸暗記してしゃべるより、今伝えたいことを考えて喋るほうが、
拙くても、相手が聞いてくれる気がします。

ちなみに、その会社も次の面接ではフツーに落ちました。
絶望の連続でしたが、最終的に小さな広告会社に拾ってもらいました。
その会社ですら、実は1回落ちましたが(自分が心配になります)
なんとかインターンを経て、入社できました。
まさか、自分のようなボロボロ出自のものが、
こうしてTCCリレーコラムの機会が巡ってくるとは。
感謝でいっぱいです。

バトンをくれたのは、天文学的な確率を潜り抜けたであろう博報堂の松村くんでした。
松村くんの”天文学的な確率”はすごいところまでいっています。
初めて彼を見たとき、BOVAでグランプリを受賞していました。
その次見た時は、OCC賞でグランプリを受賞していました。
そんなことあるんでしょうか。要チェック人材です。

さて、次はADKマーケティング・ソリューションズの佐藤充くんにお願いしました。
彼が企画したラジオCMとハッピーカーズのCMを初めて観た時、雷に打たれたような衝撃でした。
「話を聞いてみたい!」と友人の片岡良子さんにお願いしたところ、
市川の家で開催する鍋パーティにいきなり来てくれました。
初対面でいきなり鍋パに来てくれるなんて、なんていい人なのだろう。
その時の気持ちで、オファーしてみました。
楽しみです。

1週間、ありがとうございました。

市川晴華の過去のコラム一覧

6086 2026.04.17 バナナ
6085 2026.04.16
6084 2026.04.15 歩く
6083 2026.04.14 よいお年を
6082 2026.04.13 キッカケ
NO
年月日
名前
6086 2026.04.17 市川晴華 バナナ
6085 2026.04.16 市川晴華
6084 2026.04.15 市川晴華 歩く
6083 2026.04.14 市川晴華 よいお年を
6082 2026.04.13 市川晴華 キッカケ
  • 年  月から   年  月まで