出会いは~スローモーション~
会社同期、カラムーチョのヒーヒーおばあちゃんを広告史に刻む
西橋裕三君からバトンを受けました。
四年生、最初で最後の箱根駅伝の気持ちで
ポンヌフ関が五日間走ります。
昭和歌謡に乗せて。
「ササキをめぐる冒険」
カラオケ好きな佐々木宏さんに寄せて
一日目。
♪出会いは〜スローモーション〜(中森明菜)
「今度クリエーティブ試験で雑誌局から来たコピーライター志望の佐々木だ。年次は上だけど、面倒見てやってくれ。」
ササキヒロシ。
なんて普通の名前だ。
その頃僕は、
ポラロイドで人を撮ってキャプション書いてもらうのが趣味だった。
その時の佐々木さん。
おどけた顔で、
「低気圧ボーイはりきる」
ダッさ。
それでも自分が書いた採用されたわけでもないコピーを
デスク周りにペタペタ貼ったりしてて、
大島さんが通りがかって
「佐々木はボディーコピーは下手だけどキャッチはたまーに面白いのある」
なんて言って使い始めた。
大島さんはナチュラルボーン・グレート・めちゃんこCDで、
同時に岡さん、雅彦さん、も押し上げていった。
関、トヨタやんない?新聞4回だけ、と佐々木さん。(これも大島さんからの仕事)
その頃バナナ組合でコマフォトで
副田さんに褒められて有頂天だった僕は、
いやですよトヨタなんて。
僕は中高豊田市で育ってトヨタが嫌で嫌で東京に出てきたんだし、
こんなディーラー広告チラシみたいなの面白くなるわけないし!
もうキャッチはできてる東京家族。
トヨタじゃなくて東京だからいいじゃん。
それが意外と、それまでのコピーライターにない面白いコピー書いてきて、
トヨタのディーラー広告なのに、当時カッコよかった西武の広告みたいにしたい、
とか言って、毎回チャレンジしてた。
気がつけば5年くらいプレゼンしてるか作ってるかの日々。プレゼン前日は必ず徹夜。
並行してインターフェースやら角川ノベルスやら筆舌に尽くしがたい量のものを
一緒にやった気がする(夢かもしれない)
はじめのうちは楽しかった。
僕が思いついた普通なら広告にならないようなビジュアルも
佐々木さんがおもろいキャッチともっともらしいボディーをつけて、
ちょっと新しい広告にして、お得意を通しちゃって、コマフォトで褒められたり。
でもねー、
この時、拾って温めた卵、まさか後に手の付けられない怪獣となるとは、
僕は最初に踏み潰されるところだった。
いやほんと。
つづく
| 6149 | 2026.08.03 | 出会いは~スローモーション~ |