リレーコラムについて

「笑い」について

西橋裕三

我が最愛の妻(西橋佐知子)からバトンを受け取った

西橋裕三(1985年入会)です。

一週間なにか書けということで思いつくまま書かせていただきます。

生まれたのは大阪。そのせいかどうかはわかりませんが

笑いは好きです。

息を吸う、吐く。ボケかます、突っ込む。

大阪人はみんなそうやって生きてます。うそです。

ただお袋によればボクが物心つくかつかない頃

テレビの前に座って漫才を見ながら

ケラケラ笑っていたそうです。

なにも漫才や落語や新喜劇だけでなく

ふだんの生活の隅々までいろんなタイプの笑いに満ちてたような気がします。

そもそもお袋自体が独自に開発した

意味不明な言葉や歌を歌いながら生きていました。

男3人兄弟の末っ子。浪速の「こぼんちゃん」。

これ以上存在がカジュアルになりようが無い。

最高の褒め言葉は「おもろい」。

「こんど来た先生おもろそうやで」

「ええなあ。見に行こか」そんなかんじ。
兄弟3人ではふつうに忍者ごっこ。

長兄がどこで知ったのか。
いろんなものを混ぜて瓶に詰めた秘法の薬を

一週間ほど経って開けると「臭〜!」

二度と見向きもしませんでしたが兄弟で笑いのネタは尽きませんでした。

当時飛ぶ鳥を落とす勢いの手塚治虫のむしプロに対抗して

「にしプロ」というのを作って毎日マンガを描いてました。

もちろんボクは一番下っ端なので

線割りとかベタ塗り担当でしたがあるとき

「ボクも描く」とか言って「うど号」という漫画を描き

それがボクの作った最初のキャラかも

(その頃ボクは毎朝「うどー!」と叫びながら起きていたそうです)。

後に湖池屋カラムーチョの「ヒー&ヒーヒーばあちゃん」を作ったのは

ごく自然な流れだったのかもしれません。

笑いについては最近よく思います。

つくづくお笑い芸人にならなくてよかったなと。

ボクが自分でおもろいと思ったことを人に決めてもらってどないすんねと。人生にあった諸々を思い出してはひとり笑うのが

最高の贅沢だと思いまんねやわ。

とりあえず今回はこの辺で。

NO
年月日
名前
6145 2026.07.27 西橋裕三 「笑い」について
6144 2026.07.24 西橋佐知子 ひとり旅でも、2人旅。
6143 2026.07.23 西橋佐知子 私たちに、明日はない。
6142 2026.07.22 西橋佐知子 はるかなるミシシッピの夕べ
6141 2026.07.21 西橋佐知子 この夏も、スキー場で乾杯を。
  • 年  月から   年  月まで