リレーコラムについて

これからも一緒に生きていこう。

正樂地咲

「命を助けるための手術です。」
運ばれた急救救命科で、親はこう告げられたそうだ。
呼吸や排泄や歩行がもとのようにできるのか、
それもどれも命の先にある話。

入院していた3ヶ月、私は命をずっと見つめていた。

せん妄が治り意識が割とクリアになってからも、
数日間は24時間監視下にあるICUに入れてもらっていた。
人生で高熱を出したことがほぼない強い身体も、
この時ばかりは熱が出て、脇にもデコにも氷まくら。
心電図、血圧、呼吸、体温、意識レベルはモニタリング
されている。
そのための電極シールが胸に3つ貼られ、動いて外れると
警告音が鳴る。
指先にも何かつけていた。酸素濃度を図ると言っていたか。
私は今、これらによって、ちゃんと生きているのかを見張られている。

隣の人、向かいの人は、日に日に代わる。
せん妄で大きな声が出る人もいる。痛みで唸り声もある。
静かにしている人もいる。
私は私の命を救って欲しいと共に、
ここにいる人みんなで助かりたいと思っていた。
誰かのために祈ることは、自分のために祈ることと等しかった。

一般病棟へ移動が決まった時に、看護さんがおめでとうと
言ってくれた。このおめでとうを聞くとがない人もいると思うと、
素直にありがとうが言えなかった。

転院したリハビリ病院。
病室のベッドの上では、NHKの戦争特集を毎日見ていた。
2025年は、戦後80年。語り部は変われど、人の命が消えていく話ばかり。
戦争とはそういうもの。
もし私が当時の状況下、今回と同じような怪我を負ったなら、
まずもって呼吸困難で亡くなっていただろう。
万が一、助かったとしても、1ヶ月も骨を固定してもらい、
その後、丁寧にリハビリなどしてもらえるはずもない。
今日だって、左右の脚の長さを数ミリ単位で測ってもらった。
この状況に感謝せねば。

けれど、待ってほしい。
事実、目の前の脚は動かない。腰は重い。肋骨は軋む。
どうしてこの状況を感謝できようか。
命は助かったかも知れない、けれど、助かるということは
人生がつづくということになる。前とはちがうこの身体で。
救命してもらった、その先の命の責任は私自身が持つことになる。
希望と失望の小波が心を乱す。正常ではいられない。

消灯前。静かになった美空ひばりルーム。
片隅にあるリハビリ用の硬いベッドの上で自主練習をする。
左足の指1本1本を意識して動かしていく。
ある日、これまでどうしたって動かなかった左足の小指が
ふるふると小刻みに震え出した。
脳の動けという信号を頑張って受け取ろうとしている。
なんて健気。私はこの震える小指に、活路を見出した。
動きづらい左脚が疎ましい。重い腰が面倒くさい。
それは、自分で自分を嫌うことと同じだ。
傷ついた上に、持ち主にまで嫌われて、可哀想すぎる。
やっかいもの扱いすることをなるべくやめ
やさしく応援することを意識した。

これからも一緒に生きていこう。

退院してから今で4ヶ月と数日。
歩ける距離はのびている。
走れない、ジャンプできない、でもスキップはできる。
少し急いで歩こうとすると、自然とスキップになる。
楽しそうに見えていいかもしれない。

駅の階段はゆっくり。特にくだりは慎重になる。
手すりを持って進む。手すりの裏にガムをつけた奴をうらむ。

重い荷物を持つと途端に歩けなくなる。
スーパーへ行く用のおしゃれなガラガラを探している。
こわいから自転車にはまだ乗らない。

バスにだって乗れる。運転手さんのすぐ後ろの高い位置に
座席があるところにも自分で座れる。

この間は、友人と朝8時に待ち合わせして寿司を食べた。
吉本新喜劇を観て、豚足を食べて、えべっさんにお参りもした。

昨日は、復帰後初めて、東京へ出張。
渋谷のスクランブル交差点を渡ることができた。
何度も時間切れになりながら横断歩道を歩く練習をした
時のことを思い出した。

今も定期検診で、運ばれた病院へ行くことがある。
ベッドのままや、車椅子で移動する患者さんたちが目に入る。
待合室でも、ここにいる皆何かしら身体にしんどさを抱えている。
全員うまいこと治りますようにという気持ちになる。

私はこれまで誰かのために祈ることができない人生だった。
こんな目にはあったけれど、あったからそれが少しだけ、少しだけ。

入院仲間である、もと大阪NO.1ラウンジ嬢の80歳をこえた淑女に
手相を見てもらった時、あんた100歳までいくわな、と言ってもらった。
生きるということは、今、この瞬間だ。
これから、いい瞬間、いい瞬間を60年分積み重ねたい。

今、このコラムを書くために、ベッドに寝転びながらパソコンの
キーボードをたたいている。
アゴを乗せている枕が、どうも愛猫セティのうんちくさい。
私の留守中に枕におしりをこすり付けていてくれたのだろう。
ありがとう。

このリレーコラム。
バトンは、文章とやさしさを尊敬する直川さんからいただきました。
直川さんからのバトンは、いい土のにおいがしました。

そして次はマイスイートハートラブリースペシャルな秦さん。
私のバトンは、どんなにおいで届けられたのか。
そして、秦ちゃんのコラムを読める来週がうれしい。

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