リレーコラムについて

広告のない国へ。(キューバ旅行記4)

原田朋

「明日のディナーはぜひうちの料理を食べてちょうだいよ」とカサ(民泊)の女主人であるダニエラが言った。ここは首都ハバナから西に180km。キューバ西部の山間の町ビニャーレス。ビニャーレス渓谷を見るために泊まる町だ。ダニエラは「彼はシェフなのよ」と息子を指差した。そのがっしりとした大柄な「シェフ」は、さきほど僕たちが宿についたとき、庭で宿のテーブルを直していたので、シェフというよりは大工というイメージだったけど。ツアーメンバーの5人で「どうする?」と相談したが、ディナーはいつも外の店で食べていたので、一度くらいはカサで食べようかということになった。いろんな街で、ガイドのユニエが連れて行ってくれるレストランは、どこも美味しかった。スペイン風やイタリアン風の要素がはいった、観光客向けのきれいな店だった。キューバでは観光客向けの店に現地の人がいることはほぼありえない。そもそも2種類の通貨が流通していて、現地の人が使う人民ペソと、観光客が使う兌換ペソがある。観光客向けのレストランは兌換ペソしか使えない。僕たちのツアーメンバーは、みんなインテリで好奇心たっぷりの変わり者で、心のどこかで「現地の人が普段食べている本物のキューバ料理を食べてみたい」と思っていた。ガイドのユニエは「別にカサで食べることは強制じゃないよ」と言っていたけど、僕たちは「本物のキューバ料理」を期待して明日のディナーをカサで食べることにした。

ビニャーレス渓谷は本当に美しかった。カルスト地形の盆地で、渓谷のふもとではタバコが栽培されていて、独特の眺め。展望できるドライブインから渓谷を見て「Breathtaking!(息をのむ眺めね!)」と南アフリカから来たマーリンが言った。彼女はとても明るくて大声でよく喋る、おばさまというかもうおばあさんに近い年齢なのだが、英語がいちばん下手な僕が、イギリス人の雑談の中でおいていかれないように、よくフォローして会話の輪の中に入れてくれてありがたかった。旅行中は彼女から、Breathtakingもそうだし、いろいろ英語のちょっとしたフレーズを勉強させていただいた。そんなマーリンも、イギリスから来た二人組スティーブとアンドリューも、ビニャーレスの特産品であるシガーは買わなかった。「タバコはもうたくさん!」「吸う理由がわからないよ!」と2人で言い合っていた。みんなでタバコ農家を見学して、シガーを巻いてみる体験も楽しそうにしていたのだが、吸うとなると別。ガイドのユニエは「買わなくても問題ないよ」と言う。なんと彼もタバコはあまり吸わないらしい。ガイドの仕事をすることは、欧米の価値観を知りカルチャーを吸収することになるのだろう。やってくる観光客の価値観に合わせて話しながら、キューバ人として生きるって、ちょっとしんどくない?と聞いてみたかったが、最期まで聞けなかった。キューバの2大輸出品はラムと高級シガー。シガーの輸出は年々厳しくなっていることは想像に難くない。でもイギリス人の雑誌記者リズは「会社で配るわ」と言って買い込んでいた。彼女も彼女の同僚も、豪傑だなあ。

カサ・ダニエラに帰ると、ディナーが用意されていた。「ロブスターもあるわよ」と女主人のダニエラが言ったが、僕は「こんな山奥なのにロブスター?」と不安になったのだが、不安は当たり、個人的にいちばんおいしくなかったディナーだった。豚、鳥、魚、ロブスターが豪華に盛り付けてあるのだが、たぶん素材が新鮮じゃないのと、日本人の僕にとっては「うま味」がなくてつらかった。しょうゆかソースか何かほしかったが、食卓にあるのは塩と酢。いつもは饒舌なツアーメンバーのみんなが、この時は黙々とあまりしゃべらず食べていたので、みんなもあんまりおいしくなかったのではないだろうか。マーリンはいつも明るくて「これが本当のローカルなキューバ料理?」とガイドのユニエに聞くと「ま、そうだね」。さらに「トモ、ロブスターまだあるわよ、私のもあげるからたべなさいよ」とすすめてくる。おいおい。スティーブは最後は酢をいっぱいかけて食べていた。おいしくなかったのが、ローカルだからなのか、シェフの腕と味付けなのか。逆に、僕にとっていちばんおいしかったのが、その日の昼に行った、渓谷にある有機農場にあるすべて有機農法で育てられた野菜と肉のオーガニック・レストラン「EL PARAISO」だった。そこに来ているのは観光客だけだったが、自然と健康という視点で、より良い食べ物をつくる動きがキューバにあることは驚きだった。ユニエに「ここがいちばんおいしい!」と言うと「ナチュラルだよね」と言ってた。うーん、彼はぜんぶわかってるんだな、僕たちの感覚が。オーガニックという価値を、意識的に食べ物に求めるのは、けっこう成熟した資本主義な気がする。欧米の観光客が持ち込む価値観によって、キューバは静かに変わっていっているのだ。そこに広告はなくても。

(写真はビニャーレス渓谷、タバコ農園、有機レストラン)

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