リレーコラムについて

商店街ポスター展

日下慶太

今日は実際の仕事のことを。
『商店街ポスター展』について。

商店街ポスター展とは地域活性化のために、
電通関西支社の若手たちが商店街のポスターをボランティア制作するというもの。
コピーライターとアートディレクターが二人一組になって各チームが
下駄屋、漬物屋などそれぞれの店舗のポスターを制作した。

2012年7月より新世界市場で第1弾が始まり、
そのポスターで永井史子が昨年のTCC新人賞に入賞した。
ほか、数人がOCC FCC CCNなど7つの賞を受賞した。
第2弾の文の里は昨年夏から年末まで開催し、これからTCCへの応募が始まるところ。
FCCではすでに8つの賞を獲得。博多に文の里旋風が吹いたそうだ。
TCCでも文の里の風が吹くことを祈る。

このプロジェクトについては、人気のポスターが盗難されるなど話題を呼び、
様々なメディアに取り上げられ、情熱大陸のようにTV局が密着取材までして特集にもなった。
以下の参照から見てもらえたらと思う。

ニュース映像 http://www.youtube.com/watch?v=sk9ZOOqt22Y
ポスター作品 https://www.facebook.com/postar.t

今までいくつかのメディアでこのプロジェクトについて書いてきたけれども、
今回はTCCリレーコラムという場なので
コピーライターとしての立場からこのプロジェクトを振り返ってみる。

ぼくがこのプロジェクトをたちあげたときの制作時のルール

・制作費はもらわない。パネルなどの実費のみもらう。
・自分たちが好きなものを制作し、掲出する。
・店主が気に入らなかったとしても必ず展示してもらう。
・パロディなど著作権侵害以外は何でもOK。下ネタもまあよし。
・企画プレゼンはなし。できあがったものをそのまま納品。
・プロダクションは使わない。すべて自分たちでフィニッシュする。
・あくまでも研修なのでこれによる時間外勤務は認められない。
・TCCに応募できるよう5作品は作ること。

若手たちは必死に制作した。
自由におもしろいものを作れるチャンスを逃すまいという向上心に加え、
すべったら言い訳できないという恐怖心が彼らを必死に制作に向かわせた。
実際の仕事以上に頑張っていたチームも少なくはなかった。

できあがったポスターを自分たちの手で商店主に手渡した。

「店続けてきてよかった」
「涙が出るほどうれしいわ」
「もったいなくて貼られへん」
「家宝にするわ」

ポスターのプレゼンは、プレゼントのようで
まるで初孫が生まれたかのようにポスターをやさしく見守っていた。

四十数社のメディアに取り上げられ、客も倍増した。
広告賞もいくつか獲得した。プロジェクトは成功した。

若手のコピーライターたちの感想

「はじめてコピーと真正面から向き合うことができました」
「若手が一同に集い、「さ、おもろいもん作って」という場は他にありません。
 中途半端なものを作れば恥ずかしくて会社にいれませんし、
 半ば強制的に自己研鑽を積むことができました」
「こころからうれしそうな表情や『ありがとう』ということばに、
 ふだんは目にすることのできない広告の力に気付かされ、感動しました」
「自分の力で、人の役に立てる実感、世間をちょっと変えれる実感、
 のようなものを得ることが出来ました。」

ぼく自身がこのプロジェクトから得たもの。

1)コピーライターは、やる。 (アートディレクターも) 

ボランティアということなので、クライアントのことは無視した。
誠実に商品に向き合い、取材はしたが作るものはこっちにすべて任せてもらった。
ぼくたちがいいと思うものを制作し、掲出した。
それが、うけた。
通る人みんなが写メールを撮り、たくさんのメディアが来た。
タレントがいなくても、一流のカメラマンを使わなくても、
お金がかかっていなくても、自分のベストを出せば、
芸人も唸らせるおもしろいものを作れるのである。

ぼくたちはクライアントの言うことを聞きすぎなのかもしれない。
広告は「企画すること」ことと「通すこと」に50%ずつを使っている。
しかも、企画するときも1案をより掘り下げておもしろくするよりも、
5案も10案も広げるのである。
それでは、他のフィールドで制作だけに集中している人間に絶対に負けてしまう。
広告の凋落はクライアントの不理解ばかりが原因ではない。
広告会社の過剰なるクライアントサービスが原因だ。
クライアントを改めることは難しい。
ただ、自分たちのことは自分たちで改めることができる。
これを改めない限り、絶対に他の分野の制作者たちにやられてしまう。

2)コピーライターは、技術者である。 (アートディレクターも) 

「やっぱりあんたらはプロやな」
「ほんまうまいこと言うな」
「わしらでは考えつけへんわ」

店主たちはぼくたちのポスターを見てそういった。
コピーライターは実は知らず知らずのうちに
コピーライティングという特殊技能を持つようになっていたのである。
大工が家を建てる技術を持っているように。
パティシエがケーキを作る技術を持っているように。
日頃同業者に囲まれていて自分たちが特殊であることに気づいていなかった。
ぼくたちは職人なのである。

3)コピーライターは、世の中に大きく役に立ちうる。 (アートディレクターも) 

この言葉の技術を持った人間というのは実はなかなか世の中にいないのである。
そして、みんな言葉を欲している。
クライアントばかり見てないで、たまに社会を見てほしい。
すぐに言葉を欲しがっている人たちに出会うことだろう。
そう、コピーライターは世の中に求められている。
10回に1回ぐらいはその技術を社会のために使ってみてはどうだろう。

4)誰もタグラインを読まない。

ポスターを飾っていた数ヶ月、つぶさにポスター見る人を観察していた。
またアンケートもとって、その感想を吟味した。
結果、誰もタグラインなんて見ていなかった。
見ているのは同業者だけだった。
タグラインを見てもらえると思っているのはコピーライターの甘えであった。

5)広告を残せばその効果は続く

このポスターは実は、まだ残っている。
新世界市場では初掲出から1年半が経ったが、まだ掲出されている。
残っているから、まだメディアにも取り上げられる。
(事実、初掲出1年後に産經新聞に1面で取り上げられた。)
道行く人は「おもしろい」と未だ写真を撮っていく。
文の里も終ったばかりだがこれからずっと残ることになった。

悲しいかな、普段のポスターはよく残って3ヶ月ほど、
大概は1、2週間で撤去されてしまう。テレビも同じく。
しかも、家を買うぐらいの費用をかけても、最後に何も残らないのである。
それだけお金をかけるなら、残るものを作れないだろうか。
タレントに数千万円かけるなら、
今後ずっと町に残り続けて人々を元気にするものができないだろうか。
ほとんどお金をかけていないポスターでさえ、未だ町を元気にしつづけているのだから。

このプロジェクトは、若手の研修であり、社会貢献であったけど、
既存の広告システムへの挑戦でもあったのである。

お江戸のつまらない広告業界に大塩平八郎みたいに大阪から乱を起こしたるねん。
あっ、まだ取り締まらんといてね。

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