リレーコラムについて

30年書き続けられるか

森俊博

まだ新人賞を目指していたころ。
博報堂中部支社を定年退職された佐々木健志さんに、
ときどき自分が書いたコピーを見せに行っていた。

飲みにいっても基本コピーの話しかしなかったのだが、
いまもずっと頭の片隅に残っている言葉がある。
ビールで赤くなった陽気な顔で、もうわかっているのに
僕の年齢を聞かれて答えたときだ。

「あと30年は書けるんだなあ、いいなあ」

なぜか僕はうろたえた。
そのころの僕は32~33歳くらいだっただろうか。
本格的にアートディレクターからコピーライターに転向して、
これからもっとコピーを書くんだ、賞を獲るんだ、と、
それなりに先のことを考えていたつもりだった。
でもそれは、2~3年後には新人賞獲ってその後転職でもして…というレベルだ。

30年なんて年月は想像もできなかったし、
そんなに長くコピーライターをやるかどうかなんてわかるわけがない。

大手代理店のCDとして活躍して定年を迎え、
会社を退職して、まだまだ大好きなコピーを書くぞと
フリーランスになった60代のコピーライターからの、
「まだ30年も書けるなんて羨ましい」という羨望心に、僕は何も言えなかった。
苦笑いしながら、ビールの苦味に逃げてごまかしていた。
自分にそこまでの覚悟がないことに気づいたからだ。

彼はこのあとこんな話もした。

当時はまだiPhoneが出たばかりか、二世代目が出たころだった。
スマホが若い世代のコミュニケーションを大きく変えていくことに、
まだまだ大人たちは戸惑っていた。それでも彼は言った。
60代になっても、70代になっても、携帯電話のコピーは書けると。

「要は伝えたいってことだろう?だったら何歳になっても書けるよ」

ああ、そういうことか。
コピーライターって、こういうことか。
だから歳をとってもずっと第一線で活躍している人がいるんだ。
だから30年も40年も書き続けられるんだ。
なんてカッコいい仕事なんだ、とあらためて思った。

どんなに時代が変わっても、テクノロジーが進化しても、
使うツールが変わっても、人間が変わるわけじゃない。
人の心を動かすものは、いつだって普遍的なものだ。

そんなに何回も飲んだりしたわけではないし、
具体的な書き方とかを教えてもらったことは一度もないけれど、
佐々木さんの何気ない言葉から、いろんなことを教わった。
最後に会ったのはもう何年前になるだろう。

「あと30年は書けるんだなあ、いいなあ」
あの言葉を、最近になってよく思い出す。

いつの間にかCDになって、後輩のコピーや企画のディレクションが増えて、
自分が発掘して育てた仕事も後輩に譲ることが多くなった。
いまもCDはやってるけれど、デジタルとか戦略とか、
いまどき部署で慣れないマネジメント業務に追われている。
組織の事情に抗いながら、細々と書き続けてはいるけれど、いつも思う。

もしコピーライターだけを続けていたら、どれだけのコピーを残せただろう。
若手になんか譲らず、自分で全部書き続けていたらどんなに幸せだっただろう。
もっと我がままに自分のことだけ考えていればよかったなあ、マジで。

たぶんいま、賞がほしいとか言ってた若い頃より断然書きたい欲に飢えている。
コピーでもコピーじゃなくてもいい。何かを書きたい、作りたい。
数字だらけの会議資料をエクセルで作ってる時間なんて、人生で最大の無駄だ。

60歳までは、まだ14年ある。70歳までは24年だ。

佐々木さん、いまなら即答します。
30年でも40年でも、生きてる限り書き続けていたいです。

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