リレーコラムについて

誕生日

大平尚明

あれは夏の暑い日のことでした。
まだコロナが世界を騒がす前。

 

朝からスタジオでCM撮影。

ペーペーのくせに運良く競合に勝ってしまって、

初めてCDの真似事をさせてもらった仕事でした。

 

CDという立場にいっぱいいっぱいになりながらも、

どうにかこうにか無事に撮影終了。

スタジオに流れる安堵の空気。

 

自分もパイプ椅子に腰かけて、やれやれと一息ついていると

照明が落ち、辺りがふっと暗くなりました。

 

すると、遠くから聞こえるハッピーバースデーの歌声。

営業の手にはロクソクのついたケーキらしきもの。

 

その時、あ!と気づきました。

俺、今日誕生日じゃん!

 

そうです、その日が自分の誕生日だということを

本当にまるっきり忘れていたのです。

 

あれ?でも誰かに誕生日のこと言ったかな?

あ、Facebookに書いてたかも!

すごいな営業は。そこまで調べるのか。

 

あ、マズイマズイ、まだ気づかないフリしとかなきゃ。

「わー、マジですかー!」って喜ぶのはまだ早い。

ああ、こういう時どんなリアクションすればいいんだろう。

 

的なことが頭の中を駆け巡ること、ほんの数秒。

 

あれ?

なんか

みんなの視線が

全く俺に向いてないような。

 

それどころか、

なんかケーキも

監督の方に

向かっているような。

 

人の輪につられて、

何故か立ち上がって拍手する自分。

当たり前のように、監督の手元に吸い込まれるケーキ。

 

監督「わー、マジですか!どうして誕生日って知ってるんですかー!」

 

そんなミラクルがあっていいのか。

撮影日がたまたま誕生日で、しかも監督も同じ誕生日。

監督はお祝いされて、自分は蚊帳の外。

 

人望。

人柄。

求心力。

 

初のCD仕事で、こんな結末が待っていようとは。

しかし、当然のように自分へのサプライズだと思い込むとは

なんとおめでたいことか。誕生日だけに。

 

 

いや。

でも待てよ。

 

まだ終わってはいない。

 

「からの・・・」のパターンがゼロじゃない。

 

もう一個ケーキが出てきて、

自分の方に向かってくる可能性が、

ゼロじゃない。

 

いや、なくても全然いいんだけど、ゼロじゃない。

全然期待してる訳じゃないんだけど、ゼロじゃない。

気づいてしまった自分がすごくいやらしいけど、ゼロじゃない。

 

どんな顔をしてたらいいんだ。

もういっそ、自分も誕生日だとゲロっちゃうか。

でも外したら最悪だ。言える訳ない。

今誰かがこっちをチラッと見た気がする。

俺の誕生日は知られているのか、いないのか。

ケーキはもう一個出てくるのか、こないのか。

 

フル回転する脳みそ。なぜか破裂しそうになる心臓。

澄ましたつもりの顔が引き攣るのが自分でもわかる。

 

「大平さんもどうぞー!」

笑顔で差し出されたのは、カットされた監督のケーキ。

 

「あの、、、甘いもの苦手なんで」

何故かケーキを断ったのは、

混乱のあまりか、せめてもの意地だったのか。

 

ほろ苦CDデビューの帰り道、

タクシーの中でFacebookの誕生日をそっと消した。

 

 

小野監督、お元気ですか。

あのとき言えなかったけど、僕、誕生日同じです。

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