リレーコラムについて

ノンフィクション

小川祐人

おもしろい話をするのが苦手です。

 

「最近、何かおもしろいことあった?」

 

その質問をされると、

心臓がきゅっと2cmくらい縮む感じがします。

 

自分の身近で起きたおもしろいことを

息を吐くように話せる人に、

憧れを通り越して畏怖すら抱きます。

 

 

「遅くなってごめん。

ちょっと、おばあちゃんの顎が外れちゃってさ」

 

妻と出会って最初の頃、

待ち合わせ先で言われた言葉でした。

 

「顎はめ直してたら、時間かかっちゃって」

 

妻は、医療系の仕事をしています。

病院や施設、在宅での看護やなんかをしています。

 

老人の、顎が外れる。それは日常茶飯事なのか。

「ちょっとヒールが折れちゃって」

的なノリで言えることなのか。

 

自分のふだん仕事で、

クライアントから眉をひそめられることや鼻で笑われることはあっても、

さすがに顎を外されることはない。

職業の違い、と言えばそれまでなんですが、

その質量差にくらくらします。

 

「台所のうどんに、山盛りの薬味が乗ってて。

それよく見たら、ぜんぶハエでさ」

 

ひとり暮らしをされている、

とある高齢男性のご自宅に訪問看護に行った日のこと。

食べかけのうどんに、部屋中にいる大量のハエが群がっていた。

台所の窓から差し込む光に照らされる、ハエうどん。

 

「アリ・アスターじゃないか」

僕は思わず叫んでいました。

ミッドサマーを超える白昼夢じゃないか、と。

 

僕らで言うところの「一枚画」のパンチ力がある。

これだけで、15秒CMつくれそうな気すらします。

(何のCMだ)

 

「部屋を真っ暗闇にして、

まいばすけっとのお寿司の、

ネタだけ食べるおばあちゃんがいるんだよね」

 

谷崎です。

陰翳礼讃です。

暗闇の中、舌の上で羊羹のように艶めくハマチやマグロたち。

宮川一夫が撮っていたらどんな画になっていたことか。

 

とある介護施設にいらっしゃるそのご老人は、

日本舞踊の家元だったとのこと。

今となってはご高齢ですが、

きっと過去に積み重ねてきたものが、

彼女を漆黒の夕餉へと誘うのでしょう。

 

他にも、

「認知症のため毎回卵を買ってしまい、

冷蔵庫がすべて卵で埋め尽くされているおばあさん」

 

「飲みすぎてこけて顔面血だらけになった高齢社長」

 

「バイアグラを飲みながら一人でAV鑑賞に勤しむおじいさん」

 

など、日々話題に事欠きません。

 

「今日、何かおもしろいことあった?」

 

ある日の夕食どき、妻に尋ねられた僕。

心臓をきゅうっとさせ、全血液を脳に集めながら考えても、

特に何も思い浮かびません。

 

「ごめん、何か変な質問しちゃって」

 

そう気遣われる横で僕は、

冷めた味噌汁をすすりながらこんな言葉を思い出していました。

 

「最も個人的なことが、最もクリエイティブなことである」

 

マーティン・スコセッシが語ったとされる金言です。

 

「クリエイティブ」という場所で働く人間として、

果たして自分は大丈夫なのだろうか・・・

 

そんな我々の毎週の楽しみは、

録画したザ・ノンフィクションを見ること。

 

「色んな人がいるんだね」

と、妻。

 

生きることは、サンサーラ。

生まれ変われるなら、

いつかノンフィクションに出るような人生を送ってみたい。

 

そしてできれば、誰かのおもしろい話題の一粒になってみたい。

小川祐人の過去のコラム一覧

5898 2025.06.05 ノンフィクション
5897 2025.06.03
5330 2022.06.27 うつわ
5329 2022.06.25 ◯読
5328 2022.06.23 草中毒
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5898 2025.06.05 小川祐人 ノンフィクション
5897 2025.06.03 小川祐人
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