リレーコラムについて

カウンター攻撃

市川雅一

はじめまして。
大広WEDOという会社でコピーライターをやっています、
市川雅一(いちかわ・まさかず)です。

2025年のTCC新人賞をいただいたばかりですが
山中さんからバトンを受け取りましたので
一週間よろしくおねがいします。

 

僕は東京の五反野という町に住んでいます。
お年寄りが多く、お寿司屋さんや町中華、整骨院が
いくつかあるだけの小さくて静かな町です。

そんな町の小さなアパートの一階で、
ある犯罪の被害にあいました。罪名は「窃盗」です。

 

僕はおおよそ2日に1回、衣類を洗濯してベランダに干しています。
夜に洗濯して、翌日とりこむ生活習慣です。
よく晴れたある日の夕方、2枚あるはずのパンツが
1枚なくなっていることに気づきました。
青と白のしましまの、つるつるした素材のボクサーパンツです。

まさか下着泥棒にあうとは思いもしなかったので
最初は風で飛ばされたのかなくらいに思っていました。
けれど次の日、僕は被害を確信することになります。
水でぐしょぐしょに濡れた僕のしましまパンツが
ベランダに投げ込まれていたのです。

僕は熱病におかされたような気分になりました。
すぐにamazonでダミーのしましまパンツ2枚と、
スマートフォンでオンタイム視聴もできる
高機能な防犯カメラを購入しました。

 

設置した翌日の、朝6時の録画データ。
カメラの奥の方から、茶色いTシャツに黒のハーフパンツ、
恰幅のよいスキンヘッドの男性が一直線に
僕の家の方に向かってきます。
太い眉と大きな目、50代くらいの
足立区にいくらでもいるおじさんでした。

ベランダの柵によじ登り、
半身を乗り出した状態で洗濯物を物色して
ダミーのしましまパンツを選びとり、
強引に引っぱってポケットに入れ去っていきました。

一連の行動は粗暴ながらも計画的で洗練されていて、
ほとんど紳士的ですらあります。
カメラに残るその後ろ姿は、
仕事を終えた男の自信にみちていました。

 

その後も2日に一度、ダミーのしましまパンツを濡らしては干し、
干しては盗まれを繰り返し、
その犯行の一部始終は撮影され保存され、
証拠は静かに確実に、降り積もってゆきました。

10本くらいデータがたまった頃、
僕は次の行動に移すことに決めました。

 

犯人を尾行することにしたのです。

 

早起きは苦手ですが、その日は興奮のあまりすぐに目が覚めました。
5時から家の近くに停めているボクスター986で待機し、
オンタイムで送られる映像をスマートフォンで見つつ
いつもの犯行をどきどきしながら待ちました。

6時。もはやそれは見慣れた日常の光景でした。
画面の奥からTシャツ、ハーフパンツ姿の男が向かってくる。
ベランダによじ登り、洗濯物の中からしましまパンツを見つける。
強引にひったくる。自信に満ちた背中を見せつけ去っていく。

その行為を見届けると、スマートフォンを防犯カメラから
ムービー撮影に切り替え、犯人のあとを追いました。
30メートルほどの距離を保ちながら
歩きスマホをする通行人を装って。

 

僕の家のベランダから徒歩5分、
築50年くらいのこじんまりとした
一軒家に男は入っていきました。
犯人の自宅は、あっけなく特定されたのです。

男の後ろ姿と家を画面におさめたことを確認すると、
僕はきわめて攻撃力の高い
武器を手に入れた気持ちになりました。

長い時間、守備に追われていたチームに
カウンター攻撃の機会がやってきた高揚感。

いまの僕は犯人の住所を知っている。氏名も調べられる。
いつでも警察に逮捕してもらうこともできる。
場合によっては犯人宅へ出向いて追及したり、

さらには僕が犯人のパンツを
盗みかえすことだってできます。

 

結論を言うと、僕は犯人に私的制裁を
加えることはありませんでした。
すべての証拠をもって警察に被害を届け
正式な刑事手続にのっとって犯人は逮捕され、
しましまパンツを干す日常がふたたび戻ってきました。

 

ところでこの経験から、
僕はひとつの教訓を得ることができました。

それは、明日のコラムでお伝えします。

 

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