リレーコラムについて

「コピーって楽しいものなんだぜ」

早坂尚樹

「おまえ、かわいそうだな」
「コピー書くの、苦しいだろ」

そう言われて、ハッとした。

はじめて、会社でこっそり泣いた。

正直、コピーには、苦手意識があった。

それでもたくさん書くことだけはして、
それをくり返していたけど、
大切なことが抜けていた。

その人は、コピーとは、
想像力だと教えてくれた。

それは、お話をつくるということではない。

自分が言いたいことではなく、
読み手がどう感じるかを考えるということ。

企業の言いたいことではなく、
世の中と重なる部分を考えるということ。

伊藤公一さん。
僕のコピーの師匠となる人だ。

公一さんは、豪快な人だった。

若手の頃、別の局にいた公一さんが異動してきた。
クリエイターオブザイヤーを受賞した、
偉大な大先輩ということもあり、
正直、自分は関わることがないと思っていた。

しかし、ある日突然呼び出されて
「おまえ、俺の仕事入れ」と言われた。

理由も説明もなく、
なぜ僕?
というところからはじまった。

そこから、もはや鞄持ちのような状態で、
間近で学ばせていただいた。

公一さんは、よく「人格」という言葉を口にした。

その企業が、人間だったら、どんな性格なのか。
生真面目なやつなのか。
ひょうきんな人気者なのか。

何を言うかだけでなく、
誰が言うのか、
本当にその人が言いそうな言葉なのかを想像しろ
と教わった。

人格を意識すれば、語り口も変わる。

公一さんの手書きのコピーには、
その筆跡まで、人格が宿っていた。
さすがにそれは恐ろしくなった。

公一さんは、足を使う人だった。

「机の上ばっかりいると、
つまんねぇコピーしか書けねぇぞ」
と言われた。

自分の内側にあるものを増やさないと、
どんどん枯れていく。
だから、いろんなものに触れろと言われた。

出張の時は、一緒にスーパーに行った。

値段を見て、食材を見て、
そこにいる人の暮らしを想像しろと言われた。

公一さんは、愛のある人だった。

ディレクションは明快。
いいものはいい。ダメなものはダメ。

コピーには厳しい。
でも、ぜったいに突き放さない。

そして、何よりいいコピーがあったときは、
子どものようにうれしそうな顔をしてくれた。

そして、やみくもに書くだけの僕に、
「コピーってもっと楽しいものなんだぜ」
と教えてくれた。

あるとき、どうしていきなり誘ってくれたんですか?
と聞くと

がんばるけど、くすぶってるやつがいるって聞いたからだよ。

そういうやつとやるほうが
どうなるか分かんなくて、
おもしれぇじゃんと笑っていた。

これが本当のクリエイティブディレクターなんだ。

すでに優秀な人を入れて、楽することだってできるのに、仲間の成長を、本気で喜ぶ人だった。

でも、そんな時間も、ずっと続くわけではなかった。

もう一度、コピーライターに戻ろうと思う。
そう言って「ウミナリ」という会社をつくり、独立された。

そして、拠点を九州へ移した。

会社をやめたからといって、
終わるような関係ではありたくない。

コロナもあって間は空いたが、
去年、お家へお邪魔させていただいた。

この話をすると、
辞めた先輩の鹿児島の家に、
わざわざ一人で?と驚かれるが、

そんなことは疑問にすら思わなかった。

一緒に温泉にいき、
お家で、地元の名産をふるまっていただいた。

そして、僕の近況を報告すると、
いいコピーを見つけたときのように
いい顔をしていた。

でも、公一さん、
コピーライターってことは僕のライバルですから。

師匠とはいえ、
どこかでご一緒したときは、負けませんよ。

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